日本において曖昧な「ラグジュアリー」を世界基準で語るなら

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もちろん、ラグジュアリーメディアには、広告記事だけではない、読者のための多様な読み物も用意されておりますが、そこでしばしば引き合いに出されてくるのが、ほかならぬ「マイラグジュアリー」なのです。

たとえば、著名人にインタビューした「あなたにとってのラグジュアリーとは何ですか?」という記事は、好まれる定番テーマのひとつです。同じテーマの読者アンケートも少なくありません。

ここにおいて語られる「マイラグジュアリー」とは、たとえば、「陽にあてたふかふかのふとんに体を沈める瞬間」であったり、「忙しく働いた一日の終わりに飲むはちみつ入りのカモミールティー」であったり、「母から受け継いだ、外国のシールがぺたぺた貼られたスーツケース」であったりします。

つまり、個人の幸福感を語る詩情あふれるコメントが並ぶわけですが、こうしたポエムで誌面を幸せに満たした後に、各ブランドへの購買を促す広告記事が続いていく。ラグジュアリーメディアとはおおよそ、そのようなシステムで成り立っています。


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「4. 人文学の言葉で語るラグジュアリー」に関しては、私が本連載の第2回で書いた、ラグジュアリーの語源と変遷という話も含まれます。語源のひとつであるフランス語の「luxe=光り輝く」、すなわち、変わりゆく社会構造のなかでどのように個人が「光り輝く」のかという視点で見れば、ロマン主義やそのバリエーションであるダンディズムがもたらすライフスタイルも、ラグジュアリーの対象として考えざるをえなくなります。

日本においては、これらの認識が入り乱れていることで、ラグジュアリーの世界が混乱して見えるということはたしかにありました。いずれも決して無視できない要素ではありますが、これからのラグジュアリーの理論を議論するにあたっては、世界基準の論点も意識的に学ぶ必要があります。

ラグジュアリー市場を世界規模で議論するにあたり、どのような視点と言葉の感覚が必要なのか、経営の言葉、マーケティングの言葉で語られるラグジュアリーに関して、安西さんから基本的な見取り図を示していただきたく思います。
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文=中野香織(前半)、安西洋之(後半)

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