「何もない」からできたまちづくり。小山薫堂がみた幸せの閾値(いきち)

観光ではなく、関わって光る「関光」を目指す甲佐町


「何もない町」の人々の想いを尊重したまちづくり


「僕自身含めて、甲佐町の人たちは『地元には何もない』と認識している。観光地ではないから何もない。それでも目の前にはあふれるほどの自然がある。じゃあ、この自然の魅力はなんだ、と価値を再認識する必要があって、そこをみなさんに面白がってもらいたい」(大滝氏)

「僕らは自分たちがやりたいことしかやってないんですよ」と米原氏は笑う。その背景には、先行してまちづくりを行なった人や、それに伴う派閥もなかったからだ。初めての取り組みだからこそ、そこに発生しがちなトラブルもなかったのである。

それでも、町の人々の想いと行政の考えをすり合わせていくことは重要なポイントだ。

「甲佐町が目指す方向と僕らがずれちゃダメだと思っているんです。一緒に歩みながら、行政がやりにくいことを僕らが体験することも必要だし、それを応援してもらうという関係性も必要な中で、自分たちがやりたいことをどんどんやろうと思っています」(大滝氏)

「どっちかが上に行きすぎてもダメ。行政が上に行くとやらされてる感が出るし、こっちが頑張りすぎると行政が後押ししなかったり……。そのバランスを見つつ、やっぱり中にいる人たちが幸せにならないといけません」(小山氏)。

小山薫堂氏

そういう意味では、新しい価値だけを尊重するのではなく、これまで町の人が続けてきたことへの思いを尊重し、応援するという活動を行なっている。「町の方たちへの敬意がなくては、新しいことはできない」という意識があるからだ。

両氏の姿勢に小山氏はセンスを感じたという。まちづくりは自分たちだけで全てをやると限界がある。いかに、町の人を巻き込みながら進めるかが重要だ。そのためには、「シンプルに人を思う力があること」「時代の気運を肌で分かっていること」が欠かせないと小山氏は分析。また、甲佐町では、「自分たちの限界を感じる部分は外に頼る潔さがある」と他の地域との違いも語った。

そんな彼らが出会ったのが、全国で地域独自の文化資産を尊重したエリアマネジメントを行い持続可能なビジネスを生み続け、NIPPONIA(NIPPONIA - なつかしくて、あたらしい、日本の暮らしをつくる)という社会運動を主導するNOTEの代表取締役・藤原岳史氏だ。

「町が楽しそう」と思ってもらえる事業


「町を元気にしたいという部分からスタートする」とは藤原氏の言葉だ。トップダウンで観光名所をつくるのではなく、ボトムアップで町から価値を発信する必要性を感じた彼らは、虫食い的に存在する甲佐町の空き家に注目した。「これらの空き家を再生しながら、町全体を一つの宿泊施設として、外からの人を迎えることはできないか?」というアイデアがうまれた。地域の宿泊事業において、稼働率が3割程度でも持続可能なビジネスモデルをNOTEは持っていた。ここにならうかたちで、甲佐町も挑戦してみてはと動き出したのだ。

建物

「そこからNOTEさんと一緒にDrawingという会社を作らせていだきました。Drawingはここの施設の運営として、資金調達などをしています。スタッフは一般社団法人パレットです。NOTEさんの資本も入っていて、きちんと長いお付き合いができています。ずっと並走するような腹積りというか覚悟を持ってやってくれたのでしっかりと信頼を築けています」(大滝氏)

こうして始まった宿泊施設では、「地域の価値をしっかり表現できたというのが大きい」と振り返っている。地域と共に家族を育むを大事にしており、メインターゲットは家族層となる。今後は、農業体験やサイクリング、SUPなどのアクティビティを充実させ、家族が互いの新たな一面を発見する機会をつくっていきたいという。こうしたアクティビティの担い手は町の人々だ。

「子供が喜んでいると、地域のおじいちゃん、おばあちゃんも喜ぶでしょうねきっと」(小山氏)

「そうですね。地域の人たちも苦にならない程度で楽しんでもらいながら交流してもらえればいいなと思います。やはり観光地ではないので、人にスポットを当てながら『またこの人に会いにいきたい』とか、『あの人がいるから甲佐町に行きたい』と思ってもらえるようにするのが僕らの目指すところかなと思います」(大滝氏)

「僕らは、ホテルや観光、レストランがやりたいわけではなくて、甲佐町が何か楽しそうになるっていうことがやりたいんです」、こう語るのは米原氏だ。

3人の対談の様子
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文=上沼祐樹

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