例を挙げると、ヒューストン・アストロズでは、本拠地であるミニッツメイド・パークにおいて6月15日の午後5時~8時の間、誰でも予約なしでワクチンを接種することができる。そこで接種するとペアの観戦チケットに加えて、2017年にワールドシリーズを制した際のレプリカチャンピオンリングがプレゼントされるとあって、ファンのモチベーションを刺激している。
また、デトロイト・タイガースは、ホームゲームが開催される6月8日から13日の5日間にわたって地元のスーパーマーケットチェーンMeijer社とタッグを組み、本拠地コメリカ・パークの道向かいにある地域最大級の劇場に接種センターを開設。試合開始3時間前から3回攻防終了時(もしくは試合開始1時間後)まで、ワクチン接種を受け付けた。Meijer社の医薬販売チームが運営を担い、ここで接種を受けた人はその当日もしくは後日のペアチケットのほか、Meijer店舗で使える10ドル分のクーポンを受け取ることができるという。
アリゾナ・ダイヤモンドバックスではファミリー層をターゲットとしたイベントを企画。本拠地チェイス・フィールドで行われるこの「Family Vaccination Event」では、12歳以上を対象に、6月5日に1回目、26日に2回目の接種を受け付ける。参加者は憧れのフィールドに降り立ち、ベースランニングを体験したり記念撮影ができるとあって、家族の思い出作りに一役買うことにもなるだろう。2回目の接種を完了すると、シーズン中の平日いつでも使えるペアチケットがプレゼントされる。
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球団にもコミュニティにもメリットが
こうした取り組みは国の政策への貢献という観点だけでなく、球団にとっても一度遠のいたファンの足を再び球場へ呼び寄せるきっかけ作りになるだろう。さらに普段野球を見に行かない地元住民にも「せっかく無料で観られるなら」と観戦機会を提供することで新規ファン獲得につながるメリットもある。また、球団が地元の自治体や地域の事業者とのパートナーシップを深め、コミュニティの中で存在価値を高めることは、長期的な発展を見据えた上でも重要なポイントだ。
SNS等では案の定すでにワクチン接種を完了させているファンから不満の声も上がってはいるものの、そうしたネガティブな反応が容易に予測できる中でもキャンペーン実施を決断し、この短期間で実現させたリーグの推進力はやはり注目に値する。
日本では全国民にワクチンが提供されるまではまだしばらく時間がかかりそうだが、ワクチンが普及すればおそらく同様に接種率の伸び悩みに直面することが予測される。緊急事態宣言下あるいは解除後も引き続き、さまざまな社会課題への対策が不可欠であることも間違いない。開催中止、観客有無の議論が続く東京オリンピック・パラリンピックについても、オリンピックまで残すところ40日、パラリンピックまでは70日を切った。
アメリカの先進的な事例も参考に、「スポーツができること」「スポーツでできること」を考えてみてはどうだろうか。
中澤薫◎ITベンチャーでのBtoB営業やPR等を経て、ニューヨーク大学大学院へフルブライト奨学生として国費留学(スポーツビジネス修士)。NYのスポーツマーケティングコンサルファームで経験を積み、帰国後はプロリーグや非営利団体等複数のスポーツ組織において主にマーケティング業に従事する傍ら、フリーライターとしても活動。