ナイキCM賛否にモヤモヤ 広告に「ソーシャルグッド」は必要か?|#U30と考える

連載「U30と考えるソーシャルグッド」 ゲストは、大妻女子大学の田中東子教授


田中(続き):ナイキのCMについてもう一点挙げると、今回の広告の主人公は3人とも女の子でしたよね。人種の問題がすごくクロースアップされているけれど、私自身は若い女性をエンパワメントするというメッセージを最初に読み取りました。あのCMを批判する人も、賞賛する人も、ジェンダーの問題にはあまり焦点を当てていないんです。なんでも男の子が主役という風潮がある中で、そこはもっと評価されてもいいのにと思います。

NO YOUTH NO JAPAN 田中舞子(以下、NYNJ田中):スポーツ界でのマイノリティや女性への差別も、CMのメッセージとしてあったんですね。

田中:アメリカの女子サッカーはW杯で優勝しているのに、賞金が男子の6分の1だったり、日本でも男子サッカー代表選手と女子サッカー代表選手では飛行機の座席ランクも違ったりと、あのCMはそんな境遇の違いもふまえて制作されていたのではないかと思うんです。エスニックマイノリティへの差別とジェンダー差別の二重のメッセージを持たせたナイキはさすがだなと思います。

大坂なおみ
女子テニス世界ランキング2位の大坂なおみ選手 コロナ禍には黒人差別に抗議するBLM運動への連帯を示した(Getty Images)

政治的なメッセージが日常に戻りつつある


NYNJ田中:私たちの世代からすると、ああいう広告を出せる海外の企業ってやっぱりかっこいいなというイメージを持ちます。先ほど、オンライン時代になったことで広告を巡る環境が変化したとお聞きしましたが、時代の流れの中で日本の消費者の感覚には変化はあったのでしょうか。

田中:日本でも1960〜70年代には、日常の生活に政治的なメッセージやコミュニケーションが溢れていました。例えば、学生運動や女性解放運動がそうですね。ややもすると過激かもと思われるようなキャンペーンが繰り広げられていたんです。それが90年代以降にだんだん隅に追いやられていき、日常において政治的なテーマで話をすることは適切ではない、と思われる時代になっていきました。女性の権利を訴えると、過激な人って思われる時代です。

それがいま、また日常の中で政治的なことや社会問題について語ることが敬遠される時代が終わりを告げつつあるのかな。日本社会において、再び政治的なテーマについて人々の関心が高まりつつあることに、ナイキはいち早く目をつけたのだと思います。素晴らしいメッセージはこめられているけれど、社会問題を利用して商品を売ろうとしてるんでしょ、という意地悪な見方もできます。しかし、世界最大のスポーツ・ブランドが政治的な課題を取り上げたということは、社会全体が政治的な問題をきちんと問い正そうとする方向に変化している証拠であるのではないでしょうか。

受け手に求められる「コンテンツ読解力」


NYNJ続木:ナイキのCMをはじめとしてメッセージ性の高い広告は、共感の声が上がる一方で、炎上するなど日本では打ち出し方が難しいのではと感じます。メッセージ性の高い広告を打ち出す際の障害や壁となるのはどんなことなのでしょうか。

田中:ナイキの広告が炎上した時に残念だったのは、SNSで拡散されるうちに否定的な意見にひきずられていったことです。あのCMは、批判する人々が主張していたように「日本人全員」が人種差別をしている、というような主語の大きな物語ではありません。解釈によっては3人の女の子のうちのひとりは、エスニック・マイノリティであるかどうか分からない設定であるようにも見えます。

だから日本人が日本人をいじめていたのかもしれないし、もしかしたらいじめていた側にエスニック・マイノリティが含まれていたかもしれない。実はもっと複雑なCMであったかもしれないのに、より単純な意見にどんどん引っ張られる悪い風潮がSNSにはあると思います。でもナイキは全然めげてないと思いますよ。そのメッセージが社会にとって重要で正しいという信念があれば、作り手は怯えずに作っていくことが大事だと思います。
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文=続木明佳(NO YOUTH NO JAPAN)

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