親分が子分をなだめる体で なぜ北朝鮮は「ヤクザ」を演じ続けるのか?

金正恩総書記と金与正氏(Photo by Korea Summit Press Pool/Getty Images)


北朝鮮にも戦略はある。頭に血が上って騒いでいるだけ、というわけでもない。なかには、2018年7月に訪朝したポンペオ国務長官に、「これでトランプ大統領に電話して確認しろ」と言い放ち、携帯電話を投げつけた金英哲党副委員長(当時)のような人物もいるが、総じて外交の席では礼儀正しい。一方的にペーパーを読みながら主張を繰り広げることもあるが、それは本国の指示に従ったもので、感情に任せた行動ではない。

北朝鮮がオバマ氏を罵倒したときは、米韓両国の接近を非難するという狙いがあり、バイデン氏に対する非難は、金正恩氏に対する批判への反発だったとみられた。そして、これらは大抵、米国ではなくて、北朝鮮の国内に向けたメッセージになっている。米国を悪し様にののしることは、北朝鮮市民に米国への敵愾心を受け付けることになる。そして、「生活が苦しいのは米国の制裁のため」「南北が統一できないのは、米軍が韓国に居座り続けているため」という考え方に市民を誘導する。米国と対決することで、朝鮮労働党が民主的な選挙もしないで、ずっと政権の座に居続ける根拠も得られる。

そんな北朝鮮にとって、市民たちに金正恩氏とトランプ米大統領(当時)が親しげに握手を交わしたり、食事を楽しんだりする映像を北朝鮮国内向けに流してしまったことは、悔やんでも悔やみきれない痛恨事だろう。幼い頃からずっと、「敵だ」と教えられてきた連中と、よりにもよって最高指導者様が親しく談笑している映像を見せられたら、誰だって混乱する。会談の結果、米国との和解が実現していればまだしも、ずっと敵対関係は続いているのに、市民の間で米国へのあこがれが生まれ始めたら大変だ。

北朝鮮が最近、思想統制や外国文化の取り締まりに力を入れているのも合点がいく。北朝鮮は、市民の緩んでしまった思想のたがを締め直すまで、米国とも韓国とも、そして日本とも関わり合いになりたくなのだろう。与正氏の15日付の談話は、言葉は汚いが、米韓との間で軍事衝突に至るような具体的な挑発には触れていない。朝鮮中央通信が18日に伝えた、崔善姫第一外務次官の17日付の談話も、米国が敵視政策を捨てない限り、米朝協議には応じない考えを強調。やはり、米国に対する具体的な挑発には言及しなかった。与正氏の談話がヤクザまがいなのは、いつにも増して北朝鮮市民に対し、米国が敵だということを肝に銘じさせる必要に迫られているからだろう。

北朝鮮は新型コロナウイルスの感染拡大を恐れ、昨年1月から国境を封鎖している。国際社会は、北朝鮮が国境封鎖による経済難に苦しんでいるのではないかと分析している。でも、閉鎖しているのは北朝鮮自身の判断だ。案外、コロナを理由に、外部から風が入ってこないようシャットダウンできている状態を喜んでいるのかもしれない。金正恩氏と北朝鮮当局にとって本当に怖いのは、新型コロナよりも外部からの情報なのかもしれない。

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文=牧野愛博

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