「ミナリは最高の食べ物だよ。雑草みたいにどこでも育つから。誰でも食べられる。お金持ちも貧しい人も食べて元気になれる。具合が悪い時は薬にもなる。ミナリは本当にワンダフルだよ」
ミナリは、祖母が水辺に種を蒔いて育てたものだ。彼女が語るなかで、とりわけ心に響くのが「雑草みたいにどこでも育つから」という部分だ。それは、祖母が自分たち家族の行く末を、ミナリに託して鼓舞しているようにも受け取れる。
映画「ミナリ」は、西海岸のカリフォルニアから、アメリカでも「田舎」と言われる南部のアーカンソーに移住してきた韓国人一家の物語だ。家族は父と母、娘と息子。祖母は、幼い孫の面倒をみるため、はるばる韓国からやってくる。
最後の10数分を除けば、とくに劇的な事件が起きるわけでもない。あるレビューによれば、小津安二郎の映画のようだという評もある。淡々と、この家族の日々の暮らしが描かれていくのだが、観ているうちに、いつのまにか物語のなかへと引き込まれていくから、不思議だ。
ノーベル賞作家ジョン・スタインベックの小説「怒りの葡萄」(1939年)とも比較されている。1930年代の貧しい農民たちは、中西部のオクラホマから新天地のカリフォルニアをめざしたのだが、「ミナリ」の韓国人移民の家族は、それとは逆の道をたどる。
一家が落ち着くアーカンソーはオクラホマの東隣りだ。アメリカという国は、東から西へと発展していったが、「ミナリ」の家族は、西から東へとやってくる。時代はロナルド・レーガン大統領時代の1980年代だが、この設定は、現代にも通じる「原点回帰」の物語を描いているようにも思える。
美しい自然描写は希望の象徴
カリフォルニアで10年間、ヒヨコの雌雄鑑別の仕事をしていた韓国人移民のジェイコブ(スティーヴン・ユァン)は、農場を持つという夢を実現するため、一家4人で緑豊かなアーカンソーの土地へとやってくる。
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彼らがたどり着いた家は、車輪のついたトレーラーハウス。そのうえ近隣の町まで車で1時間もかかる場所だということもあり、妻のモニカ(ハン・イェリ)は「約束が違う」と、早くも夫婦間には緊張が走る。
夫のジェイコブは「土がいいからここに来た。アメリカでいちばん肥沃な土地だ」と妻のモニカを説き伏せる。とはいえ、彼らは当座の生活をやりくりするために、この地でもヒヨコ鑑別の仕事を続けなくてはならない。その空いた時間で、ジェイコブは一から畑を耕し、韓国野菜を育てようとしているのだ。
アーカンソーの空は広い。どこまでも緑が広がる。ジェイコブの畑仕事は、この美しい風景とともに描かれていく。彼にとっては、この空と大地が未来への希望であるかのように。