「ぼくは、20年後も植物工場の企業として、世界のトップでいられることをゴールとしているのです。20年後、誰もが同じような品質のイチゴをつくることができるようになった時、どのようにして企業として生き延びるのか。それは『ブランディング』以外にないと考えています」
テスラが電気自動車の企業として確固たる地位を築いているのも、ブランディングの強みからだ。古賀も同じように、イチゴの新しいブランドを確立させ、いまのうちから広めることができれば20年後も勝ち続けることができると計算している。
イチゴは、つくることはもちろん難しいのだが、企業のブランド価値をあげるうえでも欠かせない商品なのだ。
一つの「嘘」で、勝ち取ったブランディング
いざ植物工場から美味しいイチゴを出荷できるようになっても、誰も知らなければ消費者には届かない。Oishii Farmは、皮肉にも1つの「嘘」をきっかけにマンハッタン中の話題を集めることになった。
例えば、スーパーでイチゴを1パック50ドルで売らせてくれと言っても、そんな高級なイチゴは、そもそも店に置かせてもらうことさえ難しい。誰かの「お墨付き」がなければ、見向きもされないだろう。そこで古賀が目をつけたのがミシュラン3つ星レストランのシェフたちだった。
「3つ星レストランのシェフたちは、いわゆる食のセレブリティであり、彼らが良い食材の基準もつくっています。彼らが採用するのは問答無用で『良いもの』なのです。それゆえに、彼らに使ってもらうことは生産者としての夢でもありました」
古賀は、どうにかしてシェフたちに自分のイチゴを使ってもらえないかと電話やメールを繰り返した。もちろん、そんな簡単なことではなく、返信すら来なかった。
写真=Oishii Farm
そこで直接、店に出向くことにした。「アポイントメントはありますか?」と聞かれても、その前に返信も来ないのだから、アポイントメントがあるわけもなく、その場で追い返されてしまう。
「まさにドブ板営業だった」と古賀は語るが、何度も訪問するなかで、ある日、共同創業者のブレンダン・サマービルが、ある嘘をつく。
いつものように「アポイントメントはありますか?」と聞かれ、咄嗟に「あります」と答えたのだ。古賀は何をこの人は言い出すのかと目を見張った。「厨房に来てくれと言われています」と嘘をつくブレンダン。「それでは奥に厨房がありますので、お入りください」と、彼らに初めて扉が開かれたのだ。
二度と来ないチャンスにドキドキしながら、古賀はバッグに入れていたイチゴを取り出しながら厨房へと向かった。そこには、前述の「シェフズテーブルアットブルックリンフェア」の料理長であるセザール・ラミレスが立っており、冒頭のようなやりとりから、彼らのイチゴをその場で試食して、採用を決めた。
瞬く間に数千人の登録
「ミシュラン3ツ星シェフが使うイチゴ」瞬く間にその噂は広がり、口コミでその美味しすぎるイチゴを直接買いたいと問い合わせが入るようになった。そこでレストランなどにおろしているもの以外の余っている分を直接売ることになった。
「『次の日18時にワールドトレードセンター駅まで取りに来てくれたら、1パック50ドルで売りますよ』というウェイティングリストをホームページに公開したのですが、すぐに数千人の人たちから注文が殺到しました。
写真=Oishii Farm
イチゴを手に入れたユーチューバーが、食べるところを実況中継したり、街行く人に勝手に普通のイチゴとの食べ比べをさせたり、とにかくマンハッタンでは大きな話題となりました」