その料理長であるセザール・ラミレスのもとをある日本人が訪ねた。「このイチゴを食べてみてください」と彼は大切に抱えていたイチゴを、セザールに見せる。そこには真っ赤なつやつやとしたイチゴが綺麗に並べられている。
写真=Oishii Farm
世界でもトップクラスのシェフは、差し出された美しいイチゴを口にせずにはいられなかった。そして、ひと口食べてその違いに気づいた。「美味しい」と呟くと、その日のうちに、セザールはそのイチゴをメニューに取り入れることを決めた。
ミシュラン3つ星レストランの料理長のハートを掴んだ日本人は、ニューヨーク発の植物工場スタートアップ「Oishii Farm」代表の古賀大貴、34歳。彼は世界で初めて植物工場での高品質イチゴの量産化に成功、会社は複数回に渡るシリーズAで合計で約55億円の資金調達を実現した。
今回の調達で古賀は、世界最大のイチゴ植物工場の建設をアメリカで完了すると同時に、さらに世界進出を進め、また自動化とCO2排出ゼロを目指した次世代工場「Farm of the Future」の開発にも取り組むという。
植物工場による「食の革命」に人生をかける古賀は、なぜその道を志すようになったのか。また今回の資金調達の先に何を見据えているのか。彼の人物像に迫りながら、話を聞いた。
植物工場との出会い
「植物工場」という言葉はあまり聞き慣れないかもしれない。あくまで「工場」であるから、どんな場所にも設置が可能で、新鮮で美味しい作物を身近で大量生産できるのが最大のメリットだ。
現在、この植物工場に関して、日本は世界でもトップクラスの技術力を誇っているが、ここまで来るには、試行錯誤の時代もあった。2000年代に、多くの企業がIoTを駆使して植物工場をつくり、続々と市場に参入した。しかし、その殆どは収益をあげられず、撤退を余儀なくされた。
その顛末を間近で見ていたのが古賀だった。当時、コンサルティングファームに所属していた彼は、植物工場に参入する企業をクライアントに抱えていた。
「多くの企業がビジネス化を諦めていく姿を見て、農場でつくられた良い品質のものが、いち早く届く日本では植物工場の需要は低く、儲けの出にくい仕組みになっていることに気づいていました」
こう語る古賀だが、莫大な額を投資して培われた高い技術をこのまま手放してしまうのはもったいないとも感じていた。植物工場のビジネス化を、どうしても諦められない気持ちがあったのだ。
写真=Oishii Farm