主人公はただの「男」と「女」 音楽が引き寄せた一期一会を描く「ONCE ダブリンの街角で」

2人は音楽を通じて距離を縮めていく(Matthew Eisman/Getty Images)


一念発起し、自主CDを作ってロンドンに行くことに決めた男は、行動を開始する。スタジオの契約、バンドメンバーのスカウト、銀行の融資交渉。もちろんそれらをバックアップし、時に先導し、レコーディングにキーボード奏者として加わるのは女だ。

ぎりぎりまで詰められるリハーサル、一皮剥けた演奏、翌日の明け方までかかるレコーディング、その中で徐々に強まっていくメンバーの連帯感と自信。

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Getty Images

すべてが終わって全員で早朝の海に繰り出すシーンの気だるい開放感は、音楽に関わっている人が一度は体験するものだろう。同時にこれは、今はまだ認められなくても、仲間と共にひとつの目的に向かって何かを作っていこうとしているすべての人に、響くシーンではないだろうか。

この中で、女が休憩時間に別室にあったピアノで初めて自分の曲を弾くシーンがある。偶然出会い才能を信じた男を応援してきた彼女の中にあった、別の人への届かない辛い思いが、ここで初めてリアルに明かされる。

男と音楽を通じて行動を共にしてきたことにより、男のつくる音楽の力が女の心の深くにまで作用して、やっとその扉を開いたかのように女はピアノを奏で、それに男の心は揺れ動く。

よくある展開だと2人が恋愛関係に陥り、男は元カノへの未練と新しい恋人との間で葛藤……という流れになりそうだが、そうならないところがこの作品の良さである。揺れはあっても、男女としての2人の距離は最後まで保たれる。

タイトルの通り、おそらく再会はないだろう一回きりのささやかな出会いで、それぞれが見つめ直していく自分の人生。その間に常にあるのは音楽だ。音楽によって、2人の友情が性を超えて育まれている。

旅立つ決心をした男とあとに残る女の、ありがちな別れの場面がないのも逆に清々しい。女が最後に思いがけず受け取る男からの大きなプレゼントは、言葉では言い尽くせない感謝のしるしであると同時に、女のこれからに対する心からの応援歌だ。

連載:シネマの女は最後に微笑む
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文=大野 左紀子

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