シネマの女は最後に微笑む

2人は音楽を通じて距離を縮めていく(Matthew Eisman/Getty Images)

最近、大きな駅や空港の構内などにピアノが置かれ、自由に弾けるようになっているのを見かける。テレビ番組「駅ピアノ・空港ピアノ・街角ピアノ」(NHK BS)も人気のようだ。見ていると、さまざまな外国人が行き来するヨーロッパの駅ほど、気軽にピアノの前に座る人が多いように見受けられる。

ビジネスマン風の人が器用に「ボヘミアン・ラプソディ」を弾いたり、大学生が華麗なショパンを聴かせたり、人気アニメの主題歌を弾く女性や、親子の連弾、時には見知らぬ者同士のセッションに発展したりと、世界共通言語としての音楽の持つ力が伝わってくる。演奏者へのインタビューで、その人と音楽との思いがけない関係が垣間見えるのも興味深い。

通りすがりの演奏者と、ふと立ち止まって耳を傾け、時に拍手で応える観客。演奏を終え、満足気な、あるいは少しはにかんだ表情で去っていく人、微笑みを顔に残して散っていく観客。音楽がつなぐ一期一会は、他の何にもまして爽やかで印象深いものに思えてくる。

今回のコラムで取り上げるのは、そんな音楽を通した出会いを描いた『ONCE ダブリンの街角で』(ジョン・カーニー監督、2007)。2007年度アカデミー賞歌曲賞ほか、数々の国際映画祭で受賞し、ミュージカル化もされた音楽映画である。

音楽が主役なだけに、主人公の2人は、単に「男」「女」としてしかクレジットされていない。それぞれを演じるグレン・ハンサード、マルケタ・イルグロヴァは、実際に活動しているミュージシャンである。

アイルランドの首都ダブリンの街角。ボディに穴の開いたギターを弾きながら歌う男。ダブリンは、U2やシネイド・オコナーなど数々のミュージシャンを輩出してきた街で、路上のミュージシャンや大道芸人が多い。

しかし小銭の入ったギターケースを観客を装った男に盗まれて必死で追いかける冒頭のシーン、そして観客たちも立ち去った夜になってやっと歌い始める自作の失恋の歌から、売れないシンガーである男のうら寂しい境遇が伝わってくる。

ある時、若い女が彼の前に足を止めて歌に聴き入る。その後の短いやりとりで歌の背景にある男の失恋に興味を示し、「その人に聴かせたら」と提案する女の、初対面なのにちょっと踏み込んでいく感じは何だろう? と思っていると、やがて彼女も楽器を弾く人だということが判明する。

文=大野 左紀子

この著者の記事一覧へ

PICK UP

あなたにおすすめ