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2021.04.16

可士和さん、団地やらない?──創造の連鎖は、URの新しい街づくりモデルへ

団地の再生を託され視察に訪れた当時の隈研吾(左)と佐藤可士和(右)


幅允孝さん、団地やらない?


「幅さん、団地やらない?」

隈がそうしたように、可士和はブックディレクターの幅允孝に言った。様々な有識者を招いてアイデアを集約する「トーキング」に誘った言葉だ。

コミュニティの拠点である集会所、敷地内の大きな中央広場のリニューアルは洋光台再生の重要な要素のひとつで、住人たちとのワークショップやアンケートから図書館が欲しいという声に応え、幅にライブラリーの構築を依頼したのだ。 

「団地ですか?」隈から可士和への打診同様、幅も聞き返したという。そして、リアルな本を取り巻く時代背景で幅が考えていたのは、団地の未来に合致するものだった。

「今まで、ライブラリーの価値は蔵書の数とイコールでした。それが、デジタル化の中で大量の本を目にする世の中になり、リアルな本は個人の選択の結果になっています。で、あれば洋光台にある本は、量ではなく、手の届く数、ライフスタイルに合った内容にし、外に持ち出せるようにすべきと考えました。部屋だけでなく、パブリックな場所に居場所を作って、そういう場所もライブラリーにしてしまうというものです」

幅の具現化は興味深い。あらかじめテーマのある本を3冊、そして可士和がデザインしたプロジェクトのロゴ入りシートを「バスケット」に収め、思い思いの場所に持ち出して読む。

「バスケットにある名札には3冊を示唆するテーマが書かれてあり、ちょっと興味あるなと思ったら、そのまま公園に持ち出してシートを敷いて読んでみる。本に向き合うというより、偶然出くわすセレンディピティも重要です」

幅は集まって住む団地の環境に、本の果たす可能性を感じている。

セレクトされた本がバスケットに入っている

「人々が同エリアに集まって生活することで、common(コモン・共有)みたいな概念が団地の環境にはあると思うのです。世の中には真偽不明のSNSや再生の終わらないメディアが溢れる中、自発的に疑問に接することができる本の価値と、commonが結びつき、知と共有といった新しい可能性がこのライブラリーから生まれるのではないかと感じています」

進化型のプロジェクトの可能性


住人が個々の生活をベースにしながらも、集う場所がある団地。大勢が集まって住むからこその敷地、パブリックスペース、その活用は、立体的なからみ方によって活気を生んでいるように感じる。

広場やライブラリーだけではない。店舗が入る棟の2階エリアには、住民と地域の共有スペース「CCラボ」と呼ばれるスペースを設置。住民による文化的な活動や、コワーキングスペースの試行も行われる。

エリア会議でのアイデアから生まれた、地域の情報を発信する「まちまど」というスペースでは、このCCラボの予約状況を確認できる。自分の部屋や住棟だけではできなかった広がりを促す仕組みを可士和いわく「クラウドサービスのように」使う。

「個を離れてみんな、という共有のもと、たとえば傘の共有などのちょっとしたことや、セキュリティも個人で行うより団地全体で考えた方が確かなものになったりする。クラウド的な発想が落とし込まれたことは、大きな可能性だと思います」

あたかもブロックチェーンのリアル版を思わせる発想だ。集まって住むパワーとは、共有できる場所、そしてつながりを生む仕組みのことかもしれない。洋光台団地は、そのきっかけを手に入れた。サービスやスペースの進化はむしろこれからも期待できる仕組みだ。

エリア活性化へのひとつの仕組みが誕生した


UR理事長の中島は言う。

「最初から10年かける想定ではありませんでした。隈さんや可士和さんをはじめ参加いただいた多くの方の知見が集まり、プロジェクトとなり、そして形にしていくと10年が経った。建物自体は100年持つ水準です。しかし、活力ある地域であり続けるためにどうすればいいか、今回はその大きな課題を解決するためのひとつの〈仕組み〉となりました」

隈研吾ら参加した著名人の集合写真
UR理事長中島を中心に本プロジェクトを牽引した有識者が並ぶ。住民を交え多くの人の手によって団地は生まれ変わった。

仕組みとは可士和の言う「プロジェクトをデザインしオープンイノベーション化した」ことだ。URが持つ物件には、老朽化と住民減少の課題を持つ場所が多くある。無印良品とのコラボレーションで内装を一変させた例も記憶に新しいが、今回のように団地全体を生き返らせる取り組みは無かった。

団地だからこそ可能な「集まって住むパワー」によって住民の笑顔を産んだこの仕組みは、日本全体にある地域の活性化に流用できる取り組みではないだろうか。

文=坂元耕二

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