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声から見えてくるノンフィクション

奮闘するフィッシャーマンら

2011年3月11日、東北の沿岸部を襲った津波は、何万人もの命と、その何倍もの人たちの生活を根こそぎ流してしまった。生まれ育った町が、訪れたことのある思い出の場所が見る影もなく消え、多くの人が悲しみに暮れた。しかし、海の側で暮らし、毎朝海に繰り出す漁師や海をよく知る浜の人たちからは、「津波で海は綺麗になった」という声も聞こえてくる。

津波によって海底から大きくかき混ざり、水が綺麗になり、海中の養分も増えた。海だけを見たら、津波は自然界の循環のひとつであり、海洋環境に良い影響を与えるという一面もあるのだという。海と共に生きてきた彼らには、自然の恵もその脅威も受け入れ、順応して生きていく知恵と不屈の精神が息づいている。

津波で甚大な被害を受けた石巻の人たちは、「被災からの復興じゃない。元に戻すのではなくて、未来を見据えてもっといい町を作ろう」と立ち上がった。そして、船も加工場も全て流されてしまった漁師らは、その逆境を原動力に、水産業を抜本的に変える大変革を巻き起こした。

彼らの思いに呼応したクリエイターや、様々なジャンルのスペシャリストたちが浜内外から集まり、町全体に活気をもたらした。漁師が海からモーニングコールをしてくれる「FISHERMAN CALL」や、水産業以外の本業を持つ人がプロボノ的に協力してくれた際に魚払いで報酬を支払う「GHOSOMON!」、海の課題を解決することをコンセプトにした専門メディア「Gyoppy!」など、今までの水産業にはなかった目から鱗なクリエイティブなプロジェクトが次々と生まれていった。

もうすぐ震災後10年を迎える今も、そのうねりはさらなる進化を遂げながら続いており、石巻を拠点に日本全国に広がりつつある。

その潮目となったのは、2014年に三陸の若手漁師たちが立ち上げた「フィッシャーマン・ジャパン」だ。彼らは震災後の水産業をどのように変革し、どんな取り組みを進めてきたのか。そして、長らく変わることのなかった水産業を変えることに、なぜ成功できたのか。

「フィッシャーマン・ジャパン」のアートディレクターであり、そこから派生した海の課題をクリエイティブに解決するチーム「さかなデザイン」の代表兼クリエイティブディレクターの安達日向子氏に話を聞いた。


安達日向子|2011年4月、ボランティアとして初めて石巻を訪れ、武蔵野美術大学を卒業後、デザイナーとして東京で数年働いた後、石巻に移住。2015年に「フィッシャーマン・ジャパン」にアートディレクターとしてジョインし、2018年に海の課題をクリエイティブに解決するチーム「さかなデザイン」を立ち上げ、その代表兼クリエイティブディレクターを務める。

「全部流された」をしがらみを断ち切るチャンスに


フィッシャーマン・ジャパンは、漁業のイメージを「かっこよくて、稼げて、革新的な“新3K”」に変え、次世代へと続く水産業の形を提案していく若手漁師集団だ。

多くの漁師が先代から引き継いできた全てを一瞬で津波に流され、虚無感に駆られる一方で、一部の漁師らはそれをチャンスだと思った。水産業は良くも悪くも世襲制が根強く­­、業界内の至る所に古いしがらみが多くあった。それが否応なく一掃された今こそ、慣習を断ち切り、水産業を変える方向に大きく舵を切れる時だと考えたのだ。

文=水嶋奈津子

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