あの人に食べてもらいたい。改めて「常連」の存在を考える


「あの人に食べてもらいたい」


数えきれないほどのレストランを訪れ、そのうちの何十軒かの常連となり、自分でもレストランやバー、料亭を経営するようになり……、あらためて「常連」とはどのような存在なのか、考えてみる。

思い浮かぶのが、あるメーカーの宣伝部長だ。彼はとても腰の低い人で、自分の部下だけでなく、いわゆる業者と呼ばれる立場の人たちや、作品に関わるクリエイターを心から大切にしていた。なぜか。部長曰く、「いい人との縁ができたとき、いいアイデアや企画を思いついたとき、『まずあの人にもっていこう』と思ってもらえる存在になりたい。仕事の依頼時だけでなく、突然閃いたときにもいちばんにもってきてくれるような、そういう存在になれたら、本当に素敵な広告がつくれると思うんです」。

レストランと客の関係も同じだと思う。レストランがすごくいい魚を仕入れたとき、「この魚の真ん中のいちばん美味しい部分を、あの人に食べてもらいたい」と思ってもらえる客で、僕はいたい。そのためには、通いつめて大枚をはたくだけでなく、リアクションも大事だと思う。どう褒めたら嬉しいか、どういうところを指摘したらありがたいと思ってくれるか(クレームではなく、あくまでアドバイス)を考える人は、お店からすると上客になりうる。そうして初めて、常連の顔をしても許されるのではないだろうか。

いちばんのサービスを受ける人間になるために、レストランほど気軽で安価な学校はない、と僕は思う。

今月の一皿



キャンティの「スパゲッティ バジリコ」。創業当時は梶子夫人が自宅でフレッシュのバジリコを栽培していたという。

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都内某所、50人限定の会員制ビストロ「blank」。筆者にとっては「緩いジェントルマンズクラブ」のような、気が置けない仲間と集まる秘密基地。


小山薫堂◎1964年、熊本県生まれ。京都芸術大学副学長。放送作家・脚本家として『世界遺産』『料理の鉄人』『おくりびと』などを手がける。エッセイ、作詞などの執筆活動や、熊本県や京都市など地方創生の企画にも携わっている。

写真=金 洋秀

この記事は 「Forbes JAPAN No.077 2021年1月号(2020/11/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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