歴史の「歯車」となった主人公たちに、自分が果たすべき役割を学ぶ

司馬遼太郎「坂の上の雲」

各界のCEOが読むべき一冊をすすめるForbes JAPAN本誌の連載、「CEO’S BOOKSHELF」。今回は、日本資産運用基盤グループ代表取締役社長の大原啓一が「坂の上の雲」を紹介する。


『坂の上の雲』は、幕末期に愛媛で生まれ育った秋山好古、真之兄弟と、正岡子規を主人公に、維新を経て近代国家の仲間入りした日本を描いた歴史小説です。ドラマ化、映画化もされたこの作品を知らない人はいないでしょう。

私が司馬遼太郎と出会ったのは、職場の先輩に薦められたことがきっかけでした。当時、私は大手金融系のシンクタンクで、欧米の金融制度や金融動向をリサーチし、リポートにまとめていたのですが、文章力が乏しく、四苦八苦していた姿を見かねたのでしょう。「文章力を養うためには司馬小説を読むのがいちばんだ」とアドバイスをくれたのです。

「経済」と「歴史小説」に、事実を積み上げてつくられているという共通点があったからか、私は、すぐに歴史小説に夢中になりました。そのなかでもとりわけ、司馬氏が描く登場人物の生き方がとても魅力的に映ったのは、きっと、登場人物に与えられた「歴史の歯車」としての役割が、明確だったからでしょう。

例えば、日本の騎兵を育成し、ロシアのコサック騎兵と死闘をくりひろげた秋山好古、日本海海戦でバルチック艦隊を破った秋山真之、病床で俳句を詠み続け、近代俳諧の基礎を築いた正岡子規。本書の主人公三人はそれぞれに与えられた役割を果たすために生まれ、真っすぐに潔く生き抜きました。

『燃えよ剣』のなかで、新選組の土方が沖田に刀を見せながら「刀は、人を斬る目的のためにのみ作られた。この刀のように目的は単純であるべき。思想は単純であるべきだ」と語るシーンがあります。人は役割を全うするために、単純明快に生きるべきというのが、司馬氏の哲学だったのかもしれません。

社会人になったばかりの私は、若かったこともあり、自分の生きる意味を真剣に考えました。そのときに出した答え、「自分は、この金融業界、特に資産運用を産業として大きく成長させるために生きている」は、いまでも変わらず、私の人生の「核」になっています。

製造業で成長してきた日本経済は成熟し、これからの成長をけん引するのは、金融業であり、資産運用業だと考えます。しかし、どちらも産業としてはまだ未完成。私が8年間過ごした欧州では、さまざまなプレイヤーが国内外から集まり、明確な機能分担のもと、金融が国・地域の成長を担う産業となっていました。金融業界が日本の経済成長をけん引していく、私はそのための「歯車」の一つであることを追求したいと思っています。

本書は、自分の使命感を燃やすきっかけになった本です。いまも、そのモチベーションを高く保ち、活動できているのは、この本が原点になっているからだと感じています。

title/坂の上の雲
author/司馬遼太郎
data/文春文庫 803円(税込)350ページ
profile/しば・りょうたろう◎1923〜1996年。大阪府生まれ。大阪外国語学校(現・大阪大学外国語学部)卒。産経新聞社在職中の60年、『梟の城』で直木賞を受賞。『竜馬がゆく』『国盗り物語』により菊池寛賞ほか、数々の賞を受賞。93年、文化勲章を受章。歴史小説を中心に、紀行、エッセーなどを執筆した。享年72。


おおはら・けいいち◎1979年、大阪府生まれ。東京大学卒。野村資本市場研究所を経て、興銀第一ライフ・アセットマネジメント(現・アセットマネジメントOne)に入社。2015年にマネックス・セゾン・バンガード投資顧問を創業し、18年には日本資産運用基盤を創業。

構成=内田まさみ

この記事は 「Forbes JAPAN No.078 2021年2月号(2020/12/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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