「常勝軍団」に必要な人材とは
ヘイスティングスがコロナ禍にあって落ち着いているように見えるのなら、それはネットフリックスの企業文化が危機の中で作られたからかもしれない。創業初期の01年、同社は第一次ドットコム・バブルの崩壊を受け、資金が枯渇していく様を目の当たりにした。続いて、9・11全米同時多発テロが発生。この悲惨な1年が終わりに近づくなか、ヘイスティングスは従業員の3分の1をレイオフ(一時解雇)しなければならなかった。
そのため、彼は最高人事責任者のパティ・マッコードと2人で、業績に大きく貢献している社員、通称「キーパー(引き留め組)」の特定を急いだ。大量解雇の日が迫るにつれ、ヘイスティングスはピリピリし出したという。従業員の士気が急降下し、残った社員も仕事量の増加に反感を抱くようになることを心配していたのだ。
ところが、真逆の事態が起きた。凡庸な社員が一掃されたことでオフィスは活気づき、「情熱、エネルギー、そしてアイデアに満ちあふれていた」のだ。ヘイスティングスはこの苦渋の解雇劇を「人生の転機となった体験」と振り返る。従業員の労働意欲とリーダーシップに対する認識が変わり、腹落ちした瞬間だった。それが「ネットフリックス・ウェイ」とでも呼ぶべき理念の礎となったのだ。
ヘイスティングスは自社の文化をプロスポーツの優勝チームになぞらえている。選手は互いのために戦い、励まし合うが、チームを向上させるために仲間がクビになっても涙を流すことはない。常勝軍団であるためには、常にトップ選手を加えていかなければならないのだ。
ネットフリックスはしかるべき人材を確保するために最高水準の給与を支払っている。この慣習は03年に始まった。ネットフリックスがグーグルやアップル、フェイスブックと「ロックスター」の争奪戦を始めたころだ。こうした人材は平均的な同業者をはるかにしのぐ、高度に洗練されたコーディング、デバッギング、プログラミングのスキルをもつ。この手厚い報酬制度は、ハリウッドで働く制作者にも適用された。対象は、豊富な人脈の持ち主から時代を先取りするビジョナリー(ションダ・ライムズ、コーエン兄弟、マーティン・スコセッシ)に至るまでさまざまだ。彼らに切られた高額の小切手は、ネットフリックスをエンタメ業界の傍流から映画監督の楽園へと押し上げた。それが、「ハウス・オブ・カード 野望の階段」「オレンジ・イズ・ニュー・ブラック」といったヒット作を生み出すことになる。それに伴い、視聴者数も増加した。
ネットフリックスの報酬パッケージは全額が給料で、従業員はその中からストックオプションで受け取る額を決められる。その代わり、同社は成果連動型ボーナスを導入していない。ボーナスは間違った仕事に報いてしまうと考えている。
「責任の所在を明確にするために詳細を決めることが、その人間をつまずかせることになる」とヘイスティングスは語り、こう付け加える。
「人事評価はしますが、社員の目標をこと細かに指図することはありません」
とはいえ、「過不足ない程度の仕事ぶりなら、手厚い退職金パッケージを受け取る羽目になる」と、ネットフリックスの企業文化をまとめた「カルチャーデック」にも書かれている。これは、ヘイスティングスとマッコードが同社の人事戦略について書いた129ページのスライド資料のことだ。10年前に公開され、現在も同社のウェブサイトに掲載されている。