──どの部分を変わられたのでしょうか?
私は新卒でゴールドマン・サックスという外資系金融に4年間勤めていたので、気づかぬうちにそのカルチャーが自分に染みついていました。
外資なのでみんな意見があったら包み隠さずに言うし、若くても優秀であれば抜擢されるのが当たり前の実力主義社会。だからこそ、自分の意見や不満があるなら誰でも言うだろうと自然と思ってしまっていたんです。
そのカルチャーや働き方を押し付けるのではなく、マザーハウスに合った働き方をつくる。何事も自分でやろうとするのではなく、この会社で働きたいと思ってくれているメンバーのために働くことこそが私の役割だと180度考え方が変わりました。
会社の「未来」を信じて「今」の行動を決める
──プレイングマネージャーから権限委譲を進めて経営者になる、という過程だったとも言えそうです。とはいえ、変わるのは簡単ではなかったのではないでしょうか?
さきほどの件があってからの4年間くらいが自分の経営者人生で一番しんどかったですね。とにかく「我慢」の期間でした。
重要な局面で自分がやった方が早いと思うことでも、意識的に我慢してメンバーを信じて待ちました。メンバーがトライアンドエラーしながら成長するまで、とにかく忍耐が必要な期間で苦しかったですね。
──その我慢の時期を乗り越えられたポイントはなんだったのでしょう?
それは「数値をベースに未来を信じきれた」からでした。もう少し具体的に言うと、メンバーが精神的にも経済的にも楽に働けるサステイナブルな会社にするためには、売上を10億円にすれば良いということが確信できたのです。
ここでは私の前職での経験がいきました。ビジネスプランをエクセルで緻密にモデルを組んであらゆるパラメーターを振って計算したのです。そしてメンバーのサステイナビリティを考えた上ではじき出された「ブレークイーブンポイント」が売上10億だったのです。
──ただでさえメンバーは一生懸命働いているのに、「売上を5倍に」と言うと反発もありそうです。
もちろん大ブーイングでしたね。
でも数値を丁寧にブレークダウンして、10億円いかないといけないんだという根拠を何度も説明し続けました。そして結果的には売上10億円を突破し、会社としてワンランク上のステージに立つことができたのです。
信じきれる数値を持つこと。そして仲間の成長を信じきること。この苦しい時期の経験が、私を経営者として一回り成長させてくれたと思っています。
──組織が30人規模のタイミングで権限移譲を進め、プレイングマネージャーからマネジメントに専念するようになったのですね。
ここで気をつけないといけないのが、マネジメントだけしていてもダメということです。組織が大きくなっても経営者が現場に介入すべきポイントがあります。
2つポイントがあって、1つめは「ゼロイチで事業立ち上げ」するとき。例えばマザーハウスの場合、海外に初出店する際には私と代表の山口、そしてカントリーマネージャーの3名である程度のところまではトップダウンで進めています。
2つめのポイントは「会社の危機的状況」。領域は限られませんが、危機的状況を見つけたら自らプレーヤーになって打開していきます。
会社のステージや状況によって経営者自身が介入すべき局面と、メンバーを育て任せるべき局面のウェイトは変化するもの。「今」と「未来」のどちらを優先して行動するか。このバランス感覚が経営者にとって大切だと考えています。