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2021.03.04

「我々はいつも迷子、だから楽しい」、台湾デジタル大臣がAI時代の生き方を助言

語り合う上田岳弘氏(左)とオードリー・タン氏(右)。


上田:いいですねえ。8年、いや10年ほど前かな、トルコで観光をしていた最終日に、観光先を決めずにふらふらしていたら、ボスポラス海峡をわたる連絡船があることに気づき、なんとなく乗って往復しました。すると何か湧き出すものがあってそのシーンを小説で描きました。たまたま目に付いた連絡船に飛び乗ってみないとあの場面は生まれなかったでしょう。

色々なことをAIに託して余裕ができるようなら、迷子であり続けることと、悩み続けることは同じなのかもしれません。もっともタンさんは忙しくて、なかなか迷子になる時間がとれないのでは。

タン:なりますよ。毎晩、迷子になります、夢の中で。夢の中だけではなく、VR旅行でリアルな場所を訪れています。マッターホルンは実在する山です。国際宇宙ステーションも実在します。ファンタジーの想像上の場所を訪問しているわけではありません。VRの助けを借りて旅をしています。

読書によっても旅ができます。最近、J・R・R・トールキンの本『シルマリルの物語(シルマリルリオン)』を読みました。『指輪物語』よりもファンタジー性の高い物語です。指輪物語の前の話です。「ミドルアース(中つ国=なかつくに)」に連れ戻されましたし、西洋の海や島、白い塔などが出てきて、まさに旅のようでした(注6)。
 
シルマリルリオンは本の題名ですが「輝くダイヤ」といった意味があり、そのダイヤの中には生命が宿っています。そのダイヤはフィクション、本のようなもので、人が近づくと、その人のオリジナルクオリティー(素質)を映し出します。

ダイヤが自分にとって意味あるものである場合、シルマリルが再び自分の心の中で輝き出します。これは旅をしていることと同じではないかと思います(注7)。

迷子が習慣になると俯瞰ができる


上田:VRのアトラクションのようなものでしょうか。

タン:ええ、迷子になることとも似ています。私はJ・R・R・トールキンが大好きなのですが、シルマリルの物語に教訓はありません。エピック(叙事詩)や神話を描いていて、特に教訓は含まれていない。フィクションにとってそれが重要だと思っています。

上田:VRで新たなことを学べるし、旅をすることもできる。仮に時間があってもVRのほうが楽しいですか。

タン:色々な場所へ行ったことがあります。アルカトラズ島(米国)の刑務所へ行ったこともあるし、車の後部座席で隣に逃走中の移民の労働者が乗っていたこともありました。彼女の書類が雇用者に没収されてしまい、身分を偽造されてしまう恐れや不安があったりしました。他人の立場に自分を置く経験をして、その後に本を読むと、フィクションでもノンフィクションでも、自分のことのように感じられます。VRの体験をする前は、他の人に起こる話でしかない、ととらえていました。

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(撮影:姚 巧梅)

注6:J・R・R・トールキンは英国の文献学者、『指輪物語』の作者として有名。『シルマリルの物語』は1910年代から書き続けられた断章をまとめたもので1977年に出版された。ミドルアース(中つ国)はトールキンが描いた架空の世界で指輪物語やシルマリルの物語などの舞台になっている。

注7:シルマリルの物語によると、シルマリルは光を封じ込めた宝玉で、他の光を浴びると輝く。悪しき者が触ると高熱を発する。
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文=谷島 宣之

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