世界38カ国、800万人が愛読する経済誌の日本版

富士ゼロックス 代表取締役社長 玉井光一

2021年4月1日、富士ゼロックスは、いよいよ富士フイルムブランドを掲げ新たなスタートを切る。コロナ禍においても決して止まらない企業の成長戦略と、信念を貫く強いリーダーの姿を追った。

「新社名は、富士フイルムビジネスイノベーションです。これからの私たちの使命を表した名前です。富士フイルムグループの企業として、常にビジネスに革新をもたらす存在であり続ける。そのために、常に挑戦していくという決意を込めました」

代表取締役社長の玉井光一は、言葉をかみ締めるようにそう語った。

富士ゼロックスは、1962年に英ランク・ゼロックス(当時)と富士写真フイルム(当時)の合弁により東京に誕生した。紙の情報を複写する世界初のゼログラフィー技術を日本やアジア市場にもたらし、以来59年間、コミュニケーションにおける価値創造をけん引してきた。

その歴史は、2019年11月に富士フイルムホールディングスが富士ゼロックスを100%子会社化したことで大きな転換期を迎えることとなった。翌20年1月に、米ゼロックスとの間で結んでいた技術契約を、期間満了日の21年3月31日で終了すると発表。さらに同年4月1日付で、社名を「富士フイルムビジネスイノベーション」に変更することを明らかにしたのだ。

「創業以来親しまれた“ゼロックス”ブランドを使わなくなる意味は理解している。しかし、未来に向け成長し続けるためには何かを手放さなければならないときがある。事業の強化と新たな領域での事業拡大をワールドワイドに進めるうえで唯一の選択だった」と玉井は述懐する。

経営の自由度拡大がもたらすもの


今年4月以降は、富士フイルムブランドのもとで、グループ内の技術を結集してシナジー創出を加速させ、より革新的な商品やサービスを全世界に提供する。この戦略を強力かつ迅速に推進するためには、合弁会社の制約を離れ、経営の自由度を拡大することが必要であった。

営業面で富士ゼロックスはアジアパシフィック地域を担当してきたが、4月以降は全世界が市場に。OEM供給の拡大をひとつの柱に、自社ブランドによるビジネスもワールドワイドに展開する。

また、富士フイルムと富士ゼロックスが互いの強みを合わせて生み出すシナジーも期待できる。富士フイルムは、本業の写真フィルムの需要急減に直面しながらも大胆な事業構造の転換により、成長を続けており、高い技術力で、先進的で優れた商品を次々と提供して世の中に変化をつくり出している企業だ。強い富士フイルムブランドのもと、富士ゼロックスはこれまで以上の価値提供を狙う。

「商業印刷の分野では、富士フイルムのグラフィックシステム事業と当社のグラフィックコミュニケーションサービス事業がもつ販売力、技術・商品力を組み合わせてお客様にワンストップでご提案できるのでシナジーは大きいでしょう。メディカル分野では、AIを駆使した富士フイルムの画像処理技術と当社の言語処理技術を応用したソリューションが、医師の診断ワークフローの効率化を可能にしています。今後はさらにグループ内の協業の領域を広げていき、お客様への価値提供を促進させていく考えです」

また、新規事業への投資やグローバル企業との提携など経営スピードも加速する。米スタートアップのリップコード社と設立した新会社「富士フイルムRIPCORD」は、AIやロボティクス技術を搭載した装置を活用し、企業が大量に保管している書類を高速かつ自動的に電子化する事業を推進中だ。



変わらない商品性能と保守サービス


数ある複合機メーカーのなかでも、「商品の堅牢さ」「保守サービス」が格段に優れているといわれる富士ゼロックス。社名変更後も同じ商品がつくれるのか、同じ保守は受けられるのか、といった不安を抱く人もいるのではないだろうか。

社名変更の公表から施行まで1年以上をかけたのは、ゼロックスブランドに慣れ親しんだ顧客が抱えるこれらの懸念を払拭するためでもあった。

「富士ゼロックスは技術・商品開発のスピードやレベルを向上させ、自社技術の権利化を長年進めてきました。すでに独自技術による自社商品の開発・生産を行う基盤を確立しており、長年にわたり富士ゼロックスが開発した商品を米ゼロックスへ供給しています。米ゼロックスとの技術契約終了後もこれまで通り自社で高性能、高品質な商品を提供できます。また、保守サービスもいままでと変わらず実施しますのでご安心ください」と玉井。なお、米ゼロックスとは、今後も商品供給を通じた良好な関係を継続するという。

強い経営体質で世界を目指す


準備期間に充てた20年は、新型コロナウイルスが事務機器業界にも大きな影響を与えた一年となった。しかし、そのなかでも同社は20年度上期の機器販売台数が対前年を超えている。

いったいその背景には何があるのか?

玉井が社長に就任したのは18年6月。同年、同社は将来を見据えて抜本的な構造改革を断行。変革期に必要なのが、強いリーダーシップを発揮する経営者の存在であるが、玉井は社長就任を機に、自身の経営信条である「流されない」「個人技を磨く」を社員に説き、真に強い経営体質を構築していった。

「流されない、というのは“その場の雰囲気に流されない”という意味ですべての場面で言えることです。無理です、仕方がない、ではなく、どうしたら突破できるか、本質を考え実行する。AがダメならB。何も手を打たないのがいちばんよくない。それを繰り返しているうちにおのずと力はついてくる」

コロナ禍では中国の工場を全社一丸となり支え、顧客と代理店への期日内納品を実現した。

この玉井イズムは開発現場にも浸透し、技術者のモチベーションも高めている。

「複合機は成熟期に入ったという見方をする人が多いけれど、私から見るとまだ発展途上にある。今年4月以降に、これまでになかった画期的なハードウェアとサービスを市場へ導入する計画です。新社名にふさわしい商品・サービスを提供することで、我々は業界にイノベーションを起こしていきます。ご期待ください」

新たな幕開けに向けて、同社は4月に国内外の関連会社も富士フイルムブランドに統一する。この一環として、国内の営業部門と全販売会社を統合した新会社「富士フイルムビジネスイノベーションジャパン」を設立すると発表。着々と新体制を整えている。

高い理想を掲げ、その目標を達成するたびに、流されないことの真価を知った強い集団。無限の可能性が、世界のビジネスを変えていく。

現場と一体となり挑戦する



リーダーシップの表現法はさまざまだが、玉井は、口で指示するだけでなく、自ら身をもって示すことで現場にリアリティをもたせることを重視する。「ポテンシャルを高め、やる気にさせるのも経営者の役目です」。写真は、コロナ禍以前に、複合機のコスト削減について技術者と意見を交わす様子。


玉井光一◎1952年生まれ。富士ゼロックス代表取締役社長。東京大学工学系研究科精密機械工学にて論文により博士(工学)学位取得。東芝を経て2003年、富士写真フイルム(当時)入社。16年富士フイルム取締役副社長、17年富士ゼロックス代表取締役副社長を経て18年6月より現職、富士フイルムホールディングス副社長を兼務。

▶富士ゼロックス

Promoted by 富士ゼロックス text by Sei Igarashi | photographs by Shuji Goto | edit by AkioTakashiro

あなたにおすすめ