映画『トキワ荘の青春』が25年の時を経てよみがえる。担当者が語る作品への想い

東京都豊島区にあった伝説のアパート「トキワ荘」。 “漫画の神様” 手塚治虫が暮らしたこのアパートに集った若き漫画家たちの日常を描いた『トキワ荘の青春』が2021年2月12日(金)、25年の時を経てデジタルリマスター版としてよみがえる。

本作は、1995年史実に基づきフィクションとして創り上げた珠玉の青春映画です。『つぐみ』(1990年)、『トニー滝谷』(2005年)などを手掛けた故・市川準監督の作品であり、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(以下、CCC)グループが初めて単独一社で製作した作品。

デジタルリマスター版の劇場公開にあたり、映画が公開された1996年当時の作品担当者である蔦屋書店 商品企画本部 レンタル事業部の桃田享造と、デジタルリマスター版としてよみがえらせた担当者のカルチュア・エンタテインメント 映像本部 カルチュア・パブリッシャーズ 映像プロデュースチームの小室直子、ふたりの対談をお届けする。


“クリエイターの若き青春の日々”を描いた内容に共感。初めてCCCが単独一社で映画製作に関わった作品『トキワ荘の青春』


桃田:初めてCCCが映像作品に関わったのは『写楽 Sharaku』(製作=西友=TSUTAYA=堺総合企画=表現社=テレビ朝日 配給=松竹=松竹富士 1995年2月公開)という映画です。

写楽研究家として知られているフランキー堺さんらが、『写楽 Sharaku』の構想を練っている際、たまたま「TSUTAYA」という看板が目に入った。そして、「あれはもしや、蔦屋重三郎の子孫がやっている会社ではないか⁉」ということで弊社に声がかかった経緯があったようです。蔦屋重三郎は、この作品に登場する人気浮世絵師を抱える版元のことで、「TSUTAYA」という屋号が、蔦屋重三郎と密接な関係があるのではないかと思ったそうです。

そんなご縁で『写楽 Sharaku』と出会い、映画製作に初めて関わることになりました。出資パートナーとして映画のことを勉強させていただく、というスタンスで参加したんだと思います。実はこの作品には、エキストラで当時の社員が多く出演しています。

その後、単独一社で手掛けた映画が『トキワ荘の青春』です。当時、当社のアドバイザリーをされていた方が、市川準監督の映画企画があるというお話を持ってきてくださいました。その後、市川監督や里中プロデューサーなどが会社にいらっしゃって企画のお話をお伺いしました。僕は、市川監督の作品がとても好きだったので、当時お会いしたことをとてもよく覚えています。手塚治虫先生が住んでいたアパートである「トキワ荘」を題材に映画をつくるというお話を聞いて、とてもワクワクしましたね。

当時からCCCは、エンタテインメントを創り出すクリエイターたちをリスペクトするという文化があり、クリエイターの若き日を描くという部分に特に共感しました。「100%リスクを背負い映画製作をして、映像作品のことを勉強してみよう」という考えがあり、製作が決まりました。撮影は東京都・調布にある日活のスタジオで行われました。日活の美術の方々が作った素晴らしいセットでしたね。


1996年キネマ旬報ベストテン第7位・読者選出第7位、ロッテルダム国際映画祭招待作品に選出されるなど高い評価を得た

桃田:単館上映ということもあり興行収入は目標には残念ながら届きませんでしたが、作品としての評価は高く、1996年キネマ旬報ベストテン第7位、読者選出第7位にランクイン。さらに、ロッテルダム国際映画祭招待作品に選ばれました。やはり、監督が市川監督ということで注目されましたし、評価がとても高かったんですよね。

古田新太さん(森安直哉役)、生瀬勝久さん(鈴木伸一役)、阿部サダヲさん(藤子・F・不二雄役)など、今となっては映画業界になくてはならない名優が揃ってますが、当時はみなさん舞台を中心に活動している時期で、僕は彼らのことを全然知らなかったんです。市川監督自ら、舞台で芝居が上手な方を見つけてきて、彼らをキャスティングしました。現在役者としてご活躍されている方々だけでなく、藤子不二雄A(※)役としてご出演されている鈴木卓爾さんは脚本家・監督としてご活躍されていますね。※表記注)藤子不二雄のAは○で囲む
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PR TIMES STORYより

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