「コート・ドール」斉須政雄シェフ 35年の進化とその土台となった友情

フレンチ「コート・ドール」斉須政雄シェフ

東京・三田の老舗フレンチ「コート・ドール」。1986年にオープンしてから、今年で35年を迎える。日本のフレンチレストランの中で、ダントツに好きな店である。

はじめて伺ったのは10年以上前、まだ20代後半の頃だったと思う。華美すぎない上品な空間で供される丁寧で軽やかな接客とシンプルで洗練された斉須政雄シェフの料理に感銘を受け、その雰囲気に大いに魅了されたことはよく覚えている。そこから、自分の中で「大切な日に行くべき店」になった。シェフの著書『調理場という戦場』も、バイブルとして長年本棚に置いている。

コート・ドールを訪れてから程なくして、シェフがパリ時代にベルナール・パコー氏と共に立ち上げた伝説の三ツ星レストラン「ランブロワジー」にも、清水の舞台から飛び降りる覚悟で訪れた。店構えから料理まで、大きな感動を覚えた。以後、コート・ドールに年に1回ほど、ランブロワジーにも数回訪れることがあった。
 
今から約1年前、そのあとにパリがロックダウンされるとは思いもしない冬の日に、ランブロワジーでランチをする機会があった。当時、最終回を迎えたばかりのドラマ『グランメゾン東京』では、木村拓哉が演じていた主人公など、主要な登場人物がこのお店で修行していた設定だった。

そこでふと降ってきたように思ったのだ。「70歳を迎える斉須シェフがお元気なうちに、シェフの料理を1年を通じて味わいたい」と。

そして、2020年は毎月コート・ドールに通うことに決めた。ところが2、3回伺ったあと、新型コロナウイルスの流行が始まってしまった。こうなると毎月は厳しいかもしれないと思ったのだが、コート・ドールは営業を中断することがなかった。それもあって、緊急事態宣言の合間を縫いながら、なんとか月ごとの訪問がかなった。

1年12カ月、コート・ドールの料理に向き合い、少し何かが見えてきた気がしたタイミングで、斉須シェフに、その手仕事に込められた思いをうかがった。

──お店は今年でオープンから35年です。シェフも70歳。どういう気持ちでこれまでの時間を歩み続けてこられたのでしょうか?

35年、決して淡々とやり続けていたわけではないです。“恐怖心”が少しずつ、平常値に近づいてきた年月ともいえるかもしれません。オープンしたての頃は、「いつやられるかわからない」という感覚でした。今日でもそういう恐怖もありますけど、やはり当時とは比ではありませんね。

味や嗜好は掴めないものなのです。常に、いかようにも変容していくアメーバのようなものです。(そのアメーバを)キャッチした瞬間にお客さまに“ぶん投げる”のが僕の仕事です。季節は巡っていくもので、毎回、食材のコンディションも、産地も違い、それによって調理法も変わってくる。そういう個々の違う要素が組み合わさって、料理が成り立っているのです。

結果的に帳尻を合わせるようなことはやりません。無理やり、こじつけない。「こないだ来たときとちょっと違いますよね」とおっしゃるお客さまもいらっしゃいますが、自分のなかではそれなりにあることです。
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文・写真=山本憲資

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