菅政権には不在 スピンドクターという存在

Photo by David Mareuil/Anadolu Agency via Getty Images


安倍官邸には、状況に応じて人々の関心を集める政策を提案する人や、効果的な演出を考える人、与党に根回しする人、致命的な批判を抑え込む人、政策を発信する人らがいて、ひとつの有機体を構成していた。そのなかで、菅官房長官は記者会見でのそつのないやり取りと、人事を武器にした官僚操縦術で、批判を抑え込む役割を十分に果たした。

ところが、菅官邸にはこうした連携がみられない。新年早々、政務担当秘書官を政権発足後わずか3カ月あまりで交代させたのは、政策提案をする人の力量が十分ではなかったからだろう。また、1月には新型コロナのワクチン確保の時期をめぐり、担当閣僚の河野太郎規制改革担当相と坂井学官房副長官の発言が食い違った。自民党幹部は「坂井氏の発言に問題があった。彼は無派閥ということで官邸に一本釣りされたが、党との調整もうまくいっていない」とぼやく。

そして、何より問題なのが、菅政権には、政策を魅力的に発信する人がいない。菅首相は2月2日夜の記者会見でプロンプターを初めて使った。「原稿を棒読みしている」という批判を意識したものだろう。ただ、視線は上げられても、プロンプターに映し出される文字を読んでいることには変わりない。

安倍晋三前首相の場合、外遊先でこんなことがあったという。欧米の政財界トップとの会合前、周囲は安倍氏に「相手は、総理の話を聞きに来たんじゃなくて、総理の人物を見に来たんだから、(応答要領の)紙なんか読んじゃダメだ」と釘を刺した。安倍氏もそれに応えて、会合を無事に乗り切ったという。日本政府の元幹部は「安倍氏の場合、発信力が非常に強かった」と語る。

自民党幹部は「何十年も政治家をやってきて、できあがったスタイルは変えられるもんじゃない」と語る。「菅首相がダメなら加藤勝信官房長官が情報発信役に」というわけにもいかない。そもそも、自分からの政治信念を語る場面が多い首相と、政権の火消し役という役割が期待される官房長官では、役回りが違う。

また、加藤氏は財務官僚時代から「ブリパン(ブリキのパンツ。つまらない官僚答弁を繰り返し、決して相手に弱みを握らせないという意味で、官僚社会では称賛の意味を込められて使われる)」で有名だった。

また、相手の主張の弱いところを突いて屈服させる「主計局的な手法」(政府関係者)を得意としていた。これは、かつての菅官房長官の官僚操縦術と通じるところがある。加藤氏に菅官房長官の代わりは務まっても菅首相の代わりはとても務まりそうにない。

ただ、菅首相の様子がここに来て、少しだけ持ち直している。それは1月27日の参院予算委員会がきっかけだったという。菅首相は立憲民主党の蓮舫代表代行から新型コロナ問題で激しく問い詰められると、思わず「少々失礼じゃないでしょうか」と反論。自分の思いをぶちまけた。SNSでは菅氏の答弁を支持する声が広がり、菅氏自身、気を良くしているという。自民党のベテラン議員は「自分の感情を素直に出すやり方もありなんだと気づいた。あれから、総理の答弁に少し余裕が出てきた。蓮舫さまさまだよ」と語る。このベテラン議員は「後は新型コロナをどこまで抑え込めるかで、政権の命運も定まっていくだろう」と語った。

過去記事はこちら>>

文=牧野愛博

ForbesBrandVoice

人気記事