愛着は名づけから始まる。名物料理の生まれ方


レモンの産地でもない長崎県の佐世保市でしか食べられていないなんてもったいない、これは日本人の大好きなカレーライスやハンバーグ、生姜焼きに匹敵する料理ではないか!? そう感じた僕は2012年、雑誌『dancyu』の企画で「レモンステーキ巡礼の旅」に出た。

レモンステーキの発祥は、昭和30年代まで遡(さかのぼ)る。洋食屋「れすとらん門」で働いていた兄弟が「夏場でも売れるステーキを考案せよ」というオーナーからの命を受け、「すき焼き風にステーキをアレンジしてみてはどうか?」と考えて誕生したのだ。晴れてメニューのひとつになったレモンステーキのおいしさは、口コミで広がっていった。その後、兄弟は独立し、「ふらんす亭」を開業。さらに弟が独立して「時代屋」をオープン。それらのレストランから巣立ったシェフたちがさらにオリジナルレシピを開発し、こんにちの佐世保名物料理と相成った。

「同じものを二度は出さない」という料理人を素晴らしいクリエイティビティだなと感心する一方で、僕は同じ料理を出し続ける料理人にも同じくらい惹かれる。東京・門前仲町にある「みかわ 是山居(ぜざんきょ)」の早乙女(そうとめ)哲也さんは「天ぷらの神様」と称されているが、先日のラジオ番組で「昨日よりも今日のほうが、俺の天ぷらはうまいんだ」と豪語していた。天ぷらというひとつのものを毎日少しずつ磨きつづけ、極めていく姿勢というのは、とても尊い。

「名物」という言葉を繙(ひもと)くと、「古来有名な物。また銘をつけて愛玩されてきた器物」として茶の湯の世界で使われてきたとある(つまり名づけて愛する!)。日本中の名物料理も多くの料理人のアイデアや腕によって少しずつ進化しているのだと思うと、やっぱり尊いなと思う。

今月の一皿



「佐世保名物レモンステーキ」。上質の薄切り牛肉をレモンが入った醤油味ブイヨンで味つけるのが正統派とのこと。

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都内某所、50人限定の会員制ビストロ「blank」。筆者にとっては「緩いジェントルマンズクラブ」のような、気が置けない仲間と集まる秘密基地。


小山薫堂◎1964年、熊本県生まれ。京都芸術大学副学長。放送作家・脚本家として『世界遺産』『料理の鉄人』『おくりびと』などを手がける。エッセイ、作詞などの執筆活動や、熊本県や京都市など地方創生の企画にも携わっている。

写真=金 洋秀

この記事は 「Forbes JAPAN No.076 2020年12月号(2020/10/24発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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