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2021.02.07 18:00

愛着は名づけから始まる。名物料理の生まれ方

放送作家・脚本家の小山薫堂が経営する会員制ビストロ「blank」では、今夜も新しい料理が生まれ、あの人の物語が紡がれる……。連載第4回。


代表を務める放送作家事務所「N35」に、内田という放送作家兼演出家がいる。高校の後輩で、2002年に僕に弟子入りし、まずは運転手を務めた。テレビ業界では、名前は一発で覚えてもらえるインパクトが重要だ。僕は「内田、ぼちぼち行くぞ」という声がけをヒントに、「内田ぼちぼち」と命名した。ちょうど時代はスローライフへの過渡期で、「ゆっくり焦らずにやればいい」という意味合いもあった。

だがそんな名前も、売れっ子脚本家となってからはちょっと体裁が悪い。そこで弟子入りから10年後、36歳で結婚するという彼に、新しい名を贈ることにした。結婚相手である久美子さんの「久」とこれから夫婦「二」人で「和」を築いてほしいという想いをたくした、「内田和久二」という名前だ(読み方は「内田わくわく」)。これまた同じ高校の後輩である書道家の武田双雲に一筆書いてもらい、その映像をVTRにして披露宴会場で流したところ、たいへん喜ばれた。

最近までいたスタッフだと、加藤晶(アキ)という女の子には「加藤茶子」と名づけた。最初は戸惑っていたようだが、ある日「夢の中で誰かに“茶子!”と呼ばれて、振り向いちゃったんですよ。ああ、私、茶子なんだって思いました!」と笑って報告してくれた。秘書の木原の場合は、長崎県佐世保出身と聞いて、閃(ひらめ)いた。佐世保といえば、名物レモンステーキ! 文章に礼を尽くすという意味を込め、「礼文」と書いてレモンと読ませる名をつけた。いまでは自分の本当の名のように感じているという。

すべての価値は感情移入から生まれる。その感情移入の最も簡単な方法が、名前をつけるということなのではないか。親が子に名を与えるのはもちろんのこと、友達同士があだ名をつけあったり、会社によっては全員英語名で呼び合ったりするところもある。なにより人はペットの犬猫にはじまり、金魚にも植物にも、車にすら名をつける。愛着(愛情と言い換えてもいい)というのは、つまり名づけから始まるのだ。

真の主役は君


熱々の鉄板に薄切り牛肉を敷き、そこにレモン汁の入った甘酸っぱい醤油ソースをかけた佐世保名物レモンステーキ。初めて食べたときは衝撃だった。

例えば「玉ねぎステーキ」「こんにゃくステーキ」は素材がステーキになったものだが、レモンステーキにはレモンの存在はほぼ見当たらない。いわばカレーにおける福神漬けのようなものであって、どう考えても牛肉が主役なのにレモンステーキと名乗るあたりが不届き者なのだが、食べてみると「なるほど、真の主役は君なんだね!」とレモンを褒めてあげたくなるほどおいしいのだ。
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写真=金 洋秀

この記事は 「Forbes JAPAN No.076 2020年12月号(2020/10/24発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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