こうして影響力のある料理人が毎年田植えや稲刈りにくるということで、「隣の次男坊が戻ってきて農業を始めた」などという話をいくつも聞くようになったという。ああ、続けてきてよかったと、思える瞬間だという。
また、この10年で、無農薬や減農薬の農家も増えてきている。自分の田んぼだけ無農薬にすると、虫が発生してまわりからひんしゅくを買い、村八分になるというのが常であっただけに、農業の改革としては大きな一歩と言えよう。
「ちょうど我々が活動を始めた時期と、農業が、百姓からアグリファームへと変わる過渡期にあたり、若者の心に響いたこともあったでしょう。タイミングもよかったのですが、活動の一つの成果と言えますね」と神田さんは胸を張る。
養殖技術も日本のコンテンツに
一方、一料理人として、これからやらなければならないことはなんであるかということを聞いてみると、また別の角度から、明快な答えが返ってきた。
「日本料理はご存知の通り、海洋生物に頼っています。ところが、天然のものが食べられない世界がもうすぐそこまで迫っています。そんな中でいつまでも天然=高級、養殖=安価で低質、という認識を変えていかなければならない。そして、いわゆる星付き店、高級店こそがそれを率先していかなければ。これまでは、養殖業者に対しても、いいものができたら使ってやるよ、という姿勢でしたが、一緒に良質の魚介を開発していきましょうという意識が大切になってくるはずです」
写真=升谷玲子
なぜなら、生産者の多くは、調理された状態での味を知らないのだから、やみくもに「おいしいものを作ってくれ」と言っても難しい。両者が知恵を出し合うことではじめて、高品質の養殖魚介の完成の可能性が見えてくる。現に、うなぎや鮎は天然よりもクオリティの高いものがすでにできているという。
「日本の武器は食であると信じています。優れた養殖技術は、日本の大切な輸出コンテンツにもなると思う。クオリティの高い養殖の魚介の手伝いをしていくことが、これからの自分に課せられている、もう一つの課題ではないかと思っています」と決意を新たにする。
「かんだ」という三つ星が目指す美味は、東奔西走して珍味を集めることではなく、しっかりと地球に根をおろした、持続可能な食の上に成り立っているのだ。
写真=升谷玲子
連載:シェフが繋ぐ食の未来
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