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政権批判と東京五輪中止を一蓮托生にしないで!


「東京五輪なんて、やっている場合か!」という声がまるで正論のように広がっているのは、「政権への不信」と「東京五輪の意義・目的への理解の浅さ」が共存しているからでしょう。

背景にあるのは、政権と国民の乖離。政権はモリカケ問題をはじめ、数々の疑惑を隠ぺいし、無視を決め込み、国民の問いかけに真摯に答えずに来ています。しかも、新型コロナウイルスへの対応や対策もチグハグで、国民の共感や支持を得られていません。その不信が、東京五輪にも向けられています。

そもそも今回の東京五輪は、政財界の思惑で招致され推進された実態を、国民は知っています。裏金問題や招致の最終プレゼンテーションでついた安倍首相(当時)のウソなど、一部の人たちは当時から問題にしていました。私もそのひとりです。しかし、コロナ禍を追い風にして、ここぞとばかりに改めて「東京五輪中止」を叫ぶのは筋違いではないでしょうか。

日本は、ウソをついてまで東京五輪を招致し、国際的な約束をしてしまったのです。これにはできるかぎり履行に向けて最善を尽くすのが国際的にも当然の姿勢だと考えます。

もちろん、国際的な約束を果たすために、国民をコロナウイルスの深刻なリスクに晒してもやむをえないという気はありません。万全な対策はできないのか、安全な方法はないのか、検討し実施する時間はまだあるのではないかと問いたいのです。


Photo by Fabrice Coffrini/Pool/Getty Images

いま中止決定を急がせようとするメディアの論調は、「80パーセント近い人たちがそう望んでいる」世論調査の数字を後ろ盾にしていますが、ではなぜ東京五輪の招致が決まったのか?

様々な努力や暗躍があったのも事実でしょうが、最終的には「東京都民の70パーセント以上が招致に賛成」という数字が前提になったのも間違いありません。70パーセントの支持があったから東京五輪招致は実現したのです。その70パーセントはどこに行ったのでしょう?

東京五輪開催の主目的は経済効果や政府の打算のためではない


深刻なコロナ禍の中、「東京五輪中止」はひとつの策ではあるけれど、新型コロナウイルスを撲滅する方法ではありません。感染拡大を沈静化させ、安全を確保するのはもっと具体的で直接的な医学的方法によるべきです。

コロナ禍だから「東京五輪をやめろ」というのは、いささか横暴な論理ではないかと私は考えます。もっと冷静な分析と、合理的な判断があってこそなされるべきなのです。

いま東京五輪中止を強硬に主張する人たちは、東京五輪の価値を過小評価していないでしょうか? あるいは、実施の目的が「政財界の経済効果を主眼としたもの」で、「そんなもののために国民をリスクに巻き込まないでほしい」という感情があるからではないでしょうか。確かに、政財界はそれを目論んで実施を望んでいるのかもしれない。けれど、東京五輪の目的や意義はそんな政財界の思惑にはとどまりません。もっとポジティブで無限の可能性があることも理解すべきではないでしょうか。


Photo by David Mareuil/Anadolu Agency/Getty Images

本当はそのことを、JOC(日本オリンピック委員会)やスポーツ庁、あるいはスポーツ選手たちはわかりやすい言葉で、しっかりと国民に伝えるべきだと思います。それをほとんどしていないのが残念です。ですから、私が代わって微力ながらお伝えします。

コロナ対策と東京五輪開催は相反する── そう結論づける前にすべきこと


東京五輪にいま反対する人のほとんどが、「コロナ対策と東京五輪はまったく別の方を向いている。そんなものをなぜ強行するのか」と思い込んでいないでしょうか。

コロナ対策と東京五輪は相反するという誤った認識です。誤ったというより、政府や東京都、スポーツ界にもそのような認識や使命感が感じられないので仕方ありませんが、私は、開催に向けた真剣な努力がコロナ禍の対策や解消につながるからこそ、積極的に議論を高め、実施に向けた努力をすべきだと考えています。それこそがスポーツの意義、可能性ではないでしょうか。

文=小林信也 編集=宇藤智子

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