あれから、まだ2年か──その圧倒的な知名度と存在感から、率直にそう感じた読者もいるだろう。
当初、大手量販店やコンビニ、居酒屋チェーンが中心だった加盟店は、2021年1月現在280万か所を超え、今や野菜の無人販売所でも利用できるようになった。登録ユーザー数は約3500万人にも及ぶ。
「金融機関によるフィンテックとは一線を画す、IT企業らしい“しなやかさ”を保ちたい。だからどんなに無理難題な施策が進行していても、絶対にその流れを止めるようなことはしません。可能な限りリスクを想定し、策を立てた上で全面的に協力する」
そう話すのは、PayPay社で法務およびリスク管理部門を統括するCCO兼CRO、寺田陽亮だ。
地方裁判所で書記官を務めていた彼が、ヤフーに籍を転じたのは2002年。以来、同社の法務部に在籍し、攻め続けるIT企業の成長を守りの側面から支えてきた。現職に就いたのは2020年4月だが、親会社の法務部長として「PayPay」のキャンペーン事業にも携わっている。
大胆不敵な施策の裏側は、サービスの利便性と安全性、コンプライアンスを遵守すべく、奔走する寺田の姿があった。
IT市場の変遷と共に歩んできた、物事を“前進させる法務”
個人間取引の土壌を築いた「Yahoo! オークション(現・ヤフオク!)」や「Yahoo! ショッピング」、ブロードバンド総合サービス「Yahoo! BB」のサービス拡大、ボーダフォン社買収、そして日本初のiPhone販売──PCからスマホへとしなやかに移行させ、時代と呼応しながら国内IT市場を牽引するソフトバンクグループ。寺田はその歩みに並走して、法務の面から各現場を支えてきた。
インターネットが今ほど普及していなかった頃には、サービスへの正しい知識を持ってもらうべく、消費者団体に出向いてユーザーへの啓蒙活動を行った。一時は渉外を担い、経産省と共にルール策定に携わったこともある。
まさに百戦錬磨のリーガルパーソン、寺田。彼自身が業務上最も大切にしてきたのが「事業担当者の意図を丁寧に聞き、事実を正確に把握する」ことだ。
「PayPay」の礎を築いた「100億円あげちゃうキャンペーン」は、巨額かつ還元率20%という異例のキャンペーンであり、実現させるハードルは非常に高かった。その上、2018年は表示法違反を指摘される企業が続出するなど消費者庁の動きが機敏であり、より慎重な対応を求められる環境下にあった。
「法務として『できない』と一蹴するのは簡単ですが、私は常に『実施させるにはどうしたらいいか』というスタンスで業務に取り組みたいんです。
このキャンペーンはまさに“景品表示法への挑戦”ともいえる難易度の高い案件でしたが、担当者と膝を突き合わせながら『できること』と『できないこと』を根気よく振り分け、実施へとつなげました」
代表取締役CEOの中山一郎からはかねてより『前進させる法務』と評されていた寺田。どんな逆境にも屈しないモチベーションの源泉は、一体どこから来ているのだろうか。
「もしかしたら、“無類のコンピューター好き”であることが原動力となっているかもしれませんね。実はインターネットがこの世に存在していなかった中学生の頃から、コンピューターや機械への興味関心が強かったんです。エンジニアにこそなりませんでしたが、社会人になってもインターネットへの関心は高く、『Yahoo! JAPAN』も日常的に利用していたので、ヤフーに応募したのはごく自然な流れでした。今も変わらずITが好きだから、深く長く関与し続けているんだと思います」
リスクマネジメントの起点は、何より「自社をよく知ること」
寺田が長きにわたり従事してきた法務。その遂行において彼は「ふたつの『そうぞう』力」が必要不可欠だと言い切る。
「ひとつは、これから実施しようとしている事業を『リスクを含め最大限にイメージする』想像力。法務はリスクマネジメントの要素が強いので、大前提として起こりうるアクシデントを事前に想定する力が求められます。
もうひとつは、『契約書を起案する』創造力。契約書は、ビジネスの始まりから終わりまでのルールを明記する、いわばコンピュータープログラムのようなもの。ものづくり同様のクリエイティビティが必要なんです」
さらに寺田は「契約書はアート」であると言い、特に若い頃は、誰が読んでも分かりやすく一意に理解できる“美しい契約書づくり”に励んでいたという。
「加えて、契約書の内容を事細かに図式化できるかどうかも大切な観点で。図にできない箇所は、自身の理解が浅い。曖昧さをなくすべく、さらなる調査を重ねていました。これは今でも若手に伝授している方法です」
法務・リスク管理のほか、コンプライアンス、渉外、コーポレートガバナンスと幅広い経験・知見を培い、現職に就任した寺田。設立2年の若い会社に“筋力”をつけるべく、着手したのが、リスクアセスメントだ。
「私たちの部門が事業内容を根本から理解していないと、リスクに対するアンテナは鈍くなってしまいます。ですからまずは『自社をよく知ること』から始めたいと。
具体的には、社内だけでなくZホールディングスやソフトバンクとも連携しながら情報を収集、整理・分析を行い、それらが完了したら、リスクの特定・分析・評価ができるPayPay独自のプロセスを設計・確立させる予定です。
日常的に発生する大小のアクシデントにも迅速に対応していかなければならないので、『走りながら全体を俯瞰し、サービス改善・リスク予防にあたっている』のが現状ですね」
リスクマネジメントにおいては、「アクシデントを発生させない仕組みを作る」「起きた時のための施策を準備する」「実際に起きてしまったら決められた手順で動かし切る」、この3つが重要だと寺田は語る。
「セキュリティ事故や大規模災害を想定した訓練は、すでに一部実施しました。準備したものがきちんと組み立てられ、イメージ通りに稼働するのか──確認、フィードバックを繰り返すことが、何よりの備えになるんです」
CCOとして「足元を見直すきっかけ」を積極的につくりたい
2021年、Zホールディングスは、傘下または株式を保有する金融事業6社の社名やサービス名をPayPayブランドに順次統一すると発表。金融プラットフォームを確立させ、さらなる成長を目指すこととなった。すでにグループ内の連携により実現した「ボーナス運用」ミニアプリは累計利用者170万人を突破し、好評を博している。
時に前例なき策を講じながら、キャッシュレス決済サービスの新境地を切り開いてきたPayPay社。いち役員として社をリードする寺田は、“PayPayらしい”リスク管理・コンプライアンス・セキュリティを創出することを、自らのミッションに据えている。
「金融機関ではない“IT企業”がつくりだす、軽やかで躍動感あるフィンテック。それがPayPayらしさだと私は捉えていて。スピード感や利便性を損なわず、真骨頂を発揮しつづけながら、ユーザー・加盟店に安全に使ってもらえる決済サービスを目指したい。ライバルはずばり、現金ですね」
法務の業務をこよなく愛しながらも、役員として「企業の成長を見据え、大きな設計図を描く」醍醐味を、すでに感じ始めているという寺田。
最後に「PayPayを動物に例えてみると?」と問うてみると、こんな答えが返ってきた。
「躍動感があって、スピーディな兎ですかね。寓話(ぐうわ)通りにいかない『亀に負けない兎』にするのが、私の役目かもしれません。休まずに走り続けろ、とおしりを叩くのではなく『足元を見直すきっかけ』を、積極的につくっていきたい」
その言葉には「サービスを、そして関わるすべての人を守る」という強い意志が感じられた。