3枚目の『マッカートニー』誕生秘話 進化する「自宅録音」


そんな2作とは対照的に、『マッカートニーⅢ』はリリースと同時に高い評価を得ている。理由は簡単で、本作は特に変則的なレコーディング環境で作られていないからだ。なぜならコロナとは無関係に現在のポップ・ミュージックの多くは自宅録音で作られているのだから。

こうした環境をもたらしたのが、『マッカートニーⅡ』の発売翌年にあたる1981年に、ローランドを中心とした楽器メーカー6社がまとめあげた電子楽器制御の共通フォーマット「MIDI規格」である。MIDIはオープンソース化されたことで多くのメーカーが参入。電子楽器は飛躍的な進化を遂げた。

当初、単体のマシンだったシークエンサー(シンセサイザーなどを制御するマシン)はコンピュータのソフトになり、レコーディング方式がアナログからデジタルへの移行を経て、最終的にはテープを介さずにハードディスクに直接レコーディングされるようになった。こうした進化により一台のコンピュータの中で曲作りから演奏、録音まですべてが行えるようになったのだ。

ビリーアイリッシュ
自宅から兄とともにチャリティー番組「One World: Together At Home」に出演したビリー・アイリッシュ(Getty Images)

現在のヒップホップのヒット曲の大半は、トラックメイカーが自宅のコンピュータで作ったトラック(カラオケ)をデータ受信したラッパーが、自宅でラップを被せることで作られている。それはヒップホップに影響を受けたポップミュージックも同様だ。ビリー・アイリッシュのアルバムは、実兄と自宅で録音されている。

マッカートニーとグランストンベリー・フェスティバルで共演するはずだったテイラー・スウィフトは、2020年に『フォークロア』と『エバーモア』という2枚のアルバムをリリースしたが、これらの作品もロックダウン生活を送りながらザ・ナショナルのアーロン・デスナーや元FUN .のジャック・アントノフとデータをやりとりして作り上げた自宅録音アルバムである。ちなみにアントノフは同時期にラナ・デル・レイやロードとも楽曲データのやりとりを行なっていたそうなので、もうじき彼女たちの自宅録音アルバムもリリースされるはずだ。

音楽性はバラバラではあるものの、こうした自宅録音アルバムから共通して伝わってくるのは、ミュージシャン個人のパーソナルな感覚である。コロナによって人と人との距離が離れている現在、その感覚は貴重に感じられる。

そしてコロナが去っても、他人の感情や息遣いをダイレクトに楽しむ流行は続いていくにちがいない。人と人との間にいちいちインターネットが介在する生活環境は変わらないだろうから。


連載:知っておきたいアメリカンポップカルチャー
過去記事はこちら>>

文=長谷川町蔵

ForbesBrandVoice

人気記事