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私は東京オリンピック・パラリンピックの成功のためには、森体制の刷新が必要であると私の五輪運動の経験から思い続けていた。森氏の女性蔑視発言が公表された時、彼の辞任を求める声は小さかった。そこで私は早速2月6日の日刊ゲンダイデジタルに特別寄稿し、森会長の辞任を迫った。

その頃からワイドショーやニュース番組への出演オファーが殺到して、これまでの約3週間、毎日20時間をこの問題の解説と論評に費やすこととなった。そして私はこの機会を東京オリンピック・パラリンピックの成功に向けて如何に自分が貢献できるかの試練の日々と考えるようになった。時々刻々変化する情勢に合わせて、番組を選び発言した。

最初の5日間は当初実現不可能性の方が高かった森氏辞任に注力した。「如何に森氏の貢献が東京オリンピック・パラリンピックに必要であったか」を伝えつつ、「後は誰がトップでも務まる」と。

そして、IOCの決定的声明で森氏の辞任が固まり、森氏自身の後継選びが失敗となってからは、有力候補の消去に走った。最初は、政治力学的には前首相の安倍晋三氏が選ばれるだろうと主張した。会長検討委員会が守秘性を重んじる形と判明した時、ホストNOCの山下氏が引き受けざるを得ないことを伝えた。

スポーツ界の人事には不文律がある。最初に名前が上がったものは潰される。それは今回も証明された。川淵氏への会長継投が失敗した。私は橋本聖子の名前は最後まで出す事はなかった。


Photo by Tomohiro Ohsumi/Getty Images

なぜ、橋本聖子でなければならなかったか?

これまで東京オリンピック・パラリンピックの開催準備は2014年1月に組織委発足以来、順調に進んできた。その事はIOCのバッハ会長が事あるごとに称賛していることでもお墨付きである。

しかし、一方で日本社会のオリンピズムへの理解度は進んでいない。森氏の女性蔑視発言が起こるまで、オリンピックの理念に男女平等の実現が含まれていることを知っていた人がいただろうか? IOC本部スタッフの女性比率は現在53%である。五輪創設時には全く女子競技種目が存在しなかったオリンピックが、東京五輪では女子選手の参加率が48.8%となる。

IOCが環境保護重視を唱え出したのは、私が運営を任された第96次IOC総会(東京)の頃からである。1998年の長野五輪の時に選手村食堂のお皿が生分解性でできていたことを覚えている人はいるだろうか? バッハIOC会長のもとでこの方向性は加速している。クライメートポジティブな五輪を唱え、2030年以降の五輪開催都市契約には、二酸化炭素削減が義務化される条項も入ることになっている。東京五輪もカーボンニュートラルに同意し、カーボンオフセットに取り組んでいる。携帯電話などのリサイクルによるメダル作成などを実現し、大会中には水素自動車を走らせる。

LGBT問題にもIOCは積極的に動いていて、2014年憲章改正で差別禁止項目に性的指向性を追加している。IOCの運営外の活動になるだろうが、東京五輪でもLGBT関連イベントなどの基地となる「プライドハウス」が設置されるだろう。

ことほど左様に、IOCは1990年以降を起点に進化を続けている。もちろんスポーツによる世界平和構築という根本中の根本理念は維持しているが、そのためにSDGsに積極的に取り組み、スポーツが社会のより良き発展に寄与し、多様性を認め、調和ある持続可能な世界をつくるツールであることを主張し、実践しているのだ。

しかし日本のメディアや評論家諸氏はオリンピックの商業主義の側面のみに焦点を合わせ、その批判を展開し続けている。問題が起これば全て商業主義に罪を着せて終わる。しかし、実際には五輪はすでにもっと先に進んでいる。日本の五輪への意識が停滞している。それ故、日本国民にオリンピズムの現在が伝えられていない。

オリンピズムの本当を理解していないのは森氏だけではないのである。

東京五輪はまさにそのSDGsの最先端を行くオリンピックであるはずだった。しかし、森氏の脳裏にあった五輪は、史上最大の参加者と史上最大の収益をもたらす五輪であったのではないか? それはメディアも評論家諸氏も同様だ。

新五輪主義を打ち出すチャンスが訪れている。

橋本聖子氏が森喜朗氏と政治的に親子関係にあることを心配する人々がいるが、1988年のカルガリーオリンピック以来、選手団本部員として間近で彼女を見てきた私には、彼女がトップギアに入った時がわかる。オリンピックのためならば、父であろうとも立ち向かうだろう。彼女以外に森氏の功績を引き継ぎつつ、森氏の影を払拭できる人材はいない。

就任記者会見で「新しいオリンピックのモデルをつくる」と言った。橋本聖子はトップギアに入った。

ジェンダーイコーリティが東京五輪を変える好機を作ったのである。


春⽇良⼀◎スポーツコンサルタント。長野県出身。上智大学哲学科卒。1978年に日本体育協会に入る。89年に新生JOCに移り、IOC渉外担当に。90年長野五輪招致委員会に出向、招致活動に関わる。長野五輪を招致した男の異名持つ。JOC在籍中、バルセロナ五輪など日本代表選手団本部員を通算5大会経験。オリンピック運動に共鳴し国際担当として活躍。95年にJOCを退職。スポーツコンサルティング会社を設立し、代表に。98年から五輪批評「スポーツ思考」(メルマガ)主筆。

文=春日良一 編集=宇藤智子

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