21世紀ビジネスで「マイノリティ経験が絶対的な武器になる」理由

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阪原:僕にはそんな手腕はないですね(笑)。

永田:そして、ルソーが世の中をあっと言わせた哲学を打ち出したのは、40歳近くなってからです。18世紀の40ですからホント遅咲きです。

阪原:そういう人が評価されるのはおもしろいですね。日本では何を言ったかより誰が言ったかのほうが重視されがちですから。その人の知名度や肩書、学歴、企業とか。

永田:そのへんがある意味、社会的なイノベーションの壁になっているのかもしれませんね。それに加えて、いまだに年齢というのも重視される。歳を重ねるほど社会階層のなかで重要なポジションになりがちです。お年寄りが力を持つ社会と言えます。

阪原:社会の回転が遅い部分があるのかもしれませんね。

永田:もうひとつは、良い悪いではないですが、異文化の人と接する機会が少ないので文化的なコンフォートゾーンが拡がっていない人が多いように思えます。だから新しい考え方ややり方、テクノロジーとかに対して慎重ですね。十分に調べて100パーセント大丈夫とならないと、取り入れない。重要なのは、エッセンスをどう掴むか。基本的な部分が理解できれば、あとは動きながら調整すればいいわけです。つまり、枝葉ではなく森を見るコンセプチュアルスキルが大事になるわけです。

弁証法を使って、異質なものとの出会いを生かすと──


永田:異質なものとの出会いをプラスに生かすのは、まさに阪原さんのいう実践的な弁証法がぴったりですね。『直線は最短か?』には、パンとソーセージを例に、弁証法を説明されていましたよね。パンとソーセージがあったとしたら、それぞれ別の食べ物だけど、掛け合わせることでホットドッグという新たな価値を持った新しい食べ物が生まれる。これも「そもそも論」ですよね。パンやソーセージはおいしいけれど、そもそもそれだけで食べるのはどうなんだろうという発想ですよね。ミックスさせてもいいんじゃないかという。

阪原:そのためには、異質なものが視界に入らないと気づけない。だから、パンとソーセージを両方知っている必要があります。

永田:これも、パンが好きな人がソーセージを知ることで、コンフォートゾーンが広がったというわけです。

阪原:まずは異質なものに出会うことが大切ということですね。でもその前に自分を知らなきゃいけない。パンが好きな人が、パンを捨ててソーセージだけを食べるのは弁証法とはいえません。パンが好きだという自分は失ってはいけませんね。

永田:人の成長に当てはめると、いろんなものに出会い、それぞれ違うものがあるとわかってくると、それをうまいことミックスした自分みたいなものができてきくということですね。
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文=阪原淳

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