東大がけん引する「産学協創」の代表事例である、ダイキン工業との連携。10年間で100億円の拠出を約束した。互いがもつ人や知の価値が交差しあい、ポジティブなうねりを生んでいる。
哲学教授の一言
東大は、国内最優秀の頭脳を結集させ、ダイキン工業のビジョン策定にも関わった。「五神総長はこう提案してくれました。『東大の本当のすごさは、人文知です。理系のみならず、人文系の先生の知恵もぜひ活用してほしい』と」(香川)
ダイキン工業は東大の教授を招いたディスカッションを幾度も開催した。ダイキン工業の役員と毎回異なる分野の教授が参加。工学、理学、医学、地球環境学、文学、心理学、教育学……理系や文系の垣根なく国内トップクラスの教授たちが「空気の価値化」について専門的な視点から意見を述べ、ダイキンの役員たちと熱い議論を交わした。「ぜいたくな時間であるとともに、空気のとらえ方が多角化しました」(香川)
例えばある哲学の教授はこう投げかけた。「よく生きるための空気とは?」。
「これまで空気は、酸素や窒素という分子から構成される混合気体と捉えていました。先生たちの新しい角度からの問いは、ダイキンのビジョンに大きな示唆を与えてくれました。30年、50年後のダイキンの未来を考えたとき、東大との連携は大きな意味があります」(香川)。
東大とダイキン工業のトップは口をそろえてこう言う。「地殻変動が起きている」。香川はその真意を語る。「連携を通じ、ダイキン工業は自前主義からの脱却も目指していました。結果として、社員の意識は変わりつつあると思います」。
産学協創の成功は産業界に大きなインパクトを与えた。東大は次々と大規模連携を始めている。ソフトバンクと人工知能研究のための研究施設「Beyond AI 研究推進機構」を設立、拠出は10年で約200億円。メルカリと「新しい価値交換の仕組み」を研究するために5年で10億円。住友林業と木造建築の共同研究やSDGsの課題解決に向けて10年で10億円。海外にも輪は広がり、米IBMと量子コンピューターの開発とその活用法についても協力していく。
国立大学初の大学債
東大が社会を変革する駆動力となる。その最大の一手として発行されたのが、日本の国立大学史上初の債券「東京大学FSI債」なのだ。東大は各学部・研究所に未来構想を募集。世界最大の水チェレンコフ宇宙素粒子観測装置「スーパーカミオカンデ」の後継装置やバイオテクノロジーの先端施設など、すでに100以上の先行投資案件が控える。
日本は世界に先駆けて未来社会の構想「Society5.0」を掲げたが、それに向けた投 資はなかなか進まない。そんな日本経済に刺激を与え、Society5.0やSDGsに貢献する取り組みにお金をしっかり循環させるトリガーをかけることを第一義としているのだ。
投資を決めた興味深い企業のひとつが、SDGsの取り組みを協働する吉本興業。社長・岡本昭彦は「2年前から協業は始まっていた」と語る。
吉本興業は、SDGsに本格的に取り組んでいた。2017年12月に政府主催の第1回「ジャパンSDGsアワード」で特別賞を受賞。「“笑い”という最強で最大の強みを生かし、SDGsの掲げる17の目標達成に向けて、個人が『SDGsを知る』から『実際に行動する』ことを促すコンテンツづくり」を目指し、SDGsの17の目標すべてを網羅するオールラウンドな活動が評価されたのだ。