クックパッドのミッション「毎日の料理を楽しみにする」を世界中に伝える「エバンジェリスト(伝道師)」という肩書きが付いたのだ。私はこれまで以上に「毎日の料理」っていったい何なのか、より深く考えるようになった。
そうはいってもコロナ禍で、これまでのように気軽にあちこち現場を訪れることはできない。家にこもって仕事をすることが多い中、仕事仲間が勧めてきた動画に思わず心が踊った。
日本人が英語で「出汁(だし)」について実演している動画だ。いうまでもなく出汁は和食の真髄。でもその動画がユニークだったのは、単なる調理法ではなく、ストーリーを語っていたことだ。
出汁とは何か、昆布や鰹節はいったいどんなもので、どこでとれて、どんなふうに扱うのか。食材が持つ奥深い背景までも事細かに、時には他の国の家庭料理と比べながら、とてもロジカルにそして丁寧に説明していた。
出汁を引くって、こんなに深く豊かで、美しいことだったのかと神聖な気持ちにすらなった。そのくらい彼女のプレゼンテーションは魅力的だったのだ。
酒井園子さんというその女性は、オバマ元大統領やレディー・ガガといった著名人が講演に来ることで有名なGoogleの社内プログラム「Talks at Google」にも登壇し、2020年にはニューヨーク・タイムズが選ぶ15人のクリエイティブな女性の1人にも選出されている人物だ。
彼女に魅せられた私は、早速彼女のレシピ本『japanese home cooking—Simple Meals, Authentic Flavors』を取り寄せた。とても分厚い本だが、こちらもストーリー仕立てだ。読み進めれば進むほど、酒井さんに会いたくなった。
とはいえ私には何のつてもなく、ただその思いをSNSに綴るだけだった。だが幸運にもそれが酒井さんを知っているという友人の目にとまり、昨年末にオンラインで引き合わせてくれることになった。
日本の「おふくろの味」に人生をかける
酒井さんはニューヨークで生まれ、航空会社に勤める父の仕事の関係で、アメリカ、メキシコ、日本を転々としながら育った。
「私が育った昭和の戦後の頃は、まだ家で梅干し、餅、干し柿など色々と手作りしていた時代です。日本にいる間は、そうやって食べ物や季節感を大事にし、茶道をたしなみ、審美眼に秀でた祖母の影響を強く受けましたね。海外生活も母のおかげで、家に一歩入れば日本にいる時と変わらず、現地の食材をうまくアレンジしながら、毎日おいしい日本の家庭料理を食べさせてくれました」
アメリカの大学院を卒業した後は映画の世界で活躍していた酒井さんだが、転機となったのは2008年のリーマンショック。自らがプロデュースした作品が失敗し、心身ともに燃え尽きてしまったという。そんな彼女を癒したのは日本の家庭料理、「おふくろの味」だった。
映画の世界に区切りをつけ、残りの人生はこれに賭けようと酒井さんは決意した。