気づきに満ちた往復書簡 「パン屋の手紙」

北海道真狩村にあるベーカリー「ブーランジェリージン」

年末年始はニセコで過ごした。例年は9割以上が外国人で占められるスキーリゾートも、今年はリフトの待ち時間ゼロ、ゲレンデは貸切状態。「こんなに雪が降ったのは20年ぶりだよ」と地元の人が驚く降雪量にも助けられ、充実した休暇となった。

そんな冬休み、とても素敵な一冊に出会った。働くこと、住まうこと、豊かに生きること。心を通わせること。夢を叶えること。それらの意味合いを、ニセコから車で20〜30分、人口2000人の北海道真狩村でベーカリーを営む神幸紀さんと、有名建築家である中村好文さんとの往復書簡を通じて、たくさんの気づきをもらうことができたのだ。



2009年3月。本書は当時34歳だった神さんが、長年ファンだった中村さんに一通の建築依頼の手紙を送るところから始まる。


2009年3月7日
中村好文様

はじめまして。北海道真狩村に住む神幸紀と申します。小さな村で、妻と四歳の長男と、いまは、ガレージを改装した小屋で、パン屋をして生活しています。
 (略)
家族でパン屋をしているので、もちろんその建物が食事の場であり、子育ての場でもあり、暮らしの場、仕事の場でもあります。生活と仕事の境界はあいまいで、混在しています。そのような暮らしすべてを包み込み、融通がきき、簡素で朗らかな建物をお願いしたく思い、お手紙いたしました。
 (略)
パンを窯に入れるとき、昔の職人は十字を切り、祈りを捧げたといいます。窯の中のパンがよくふくらみ、きちんと焼きあがることはとても神秘的なことだったようです。

窯に入れたあとは、いまの私たちも、おいしく焼けますようにと願い、祈る気持ちはあまり変わらないような気がします。静かで願いを込められる空間で、私も時を過ごすことができたらな、と思います。

どうぞ私たちの夢、小さなパン小屋をお願いいたします。(p.25-26)


この文章を読んで考えさせられた。最後に何かを欲しい、欲しいと思って、恋い焦がれたのはいつだっただろう。誰かに熱い思いを込めた手紙を書いたのはいつのことだろう。神さんの静かに燃える炎のような心に、自分の消えかけた情熱のようなものを呼び覚まされた気分だった。

この心のこもった手書きの手紙が大物建築家の心を打ち、中村さんは依頼を受託する。そして、初めて真狩村を訪れて驚く。
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文・写真=岩瀬大輔

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