東京ディープチャイナ


なぜこの作品を撮るに至ったか。またどうしてこのような映像を撮ることができたのかについて徐童監督は次のように語っていた。

「中国における下層社会の住人は、この30年間の経済発展の代価を負わされている存在だ。映像を通して代価を払わされている人たちの姿を記録することは重要な仕事だと考えている」

風俗嬢の日常の長回し映像の背後には常に監督がいるのだが、それを可能とする唯一の成立条件は、撮る側と撮られる側の、微妙で率直な信頼関係だろう。

こうした潔い姿勢は、題材や時代、撮られる側との関係や認識は違っても、房監督の作品にも通じるところがあると思う。房監督は今回の取材対象者とその関係についてどう考えているのだろうか。

「これまで多くの中国のドキュメンタリストが取り上げてきたのは、中国社会で生きづらさを抱える人=マイノリティの人=無名の人だったと思います。今回、題材としたLGBTもまさにそうですが、私はこうした人たちに光を当てることに意義を感じています。

一方、取材対象者である彼らにとっても、自分のことを知りたいと思ってくれる存在はとても大きいのではないかと思います。だからこそ、自分の胸の内を明かそうという気持ちになり、撮影を通じて両者の間に信頼関係が深まっていったのではないでしょうか」

こうして生まれた関係をもとに、彼らが撮影を承諾したのも、親にカミングアウトする決意を固めると同時に、映像を通じて自分の生き方を公にし、それをバネに前向きに生きる契機にしたいと考えたからだろう。

その結果として、見えにくいさまざまな事情を日本の観客に伝えることになった。その意味でも、房監督の『出櫃(カミングアウト)中国LGBTの叫び』は、中国の独立系ドキュメンタリー映画の系譜を継ぐ仕事だと思う。

最後に、この作品を通じて訴えたいことは何かとの問いに対する房さんのコメントを付しておきたい。

「伝えたいことはたくさんある。カミングアウトの問題はLGBTに限定される話ではない。人にはさまざまな葛藤があり、それを乗り越え、カミングアウトするには勇気がいる。日本でもテーマは違っても、ありうることだと思ってほしい」

出櫃(カミングアウト)中国LGBTの叫び』は1月23日から東京・新宿のK’s cinemaで上映予定

連載:国境は知っている! 〜ボーダーツーリストが見た北東アジアのリアル
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文=中村正人

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