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東京ディープチャイナ


中国社会に特有の親子関係を感じざるを得ない現象のひとつに「相親角」というものがある。毎週日曜に公園などで多数の親たちが集まり、わが子の結婚相手を探し合う、いわば親同士が代わってする「見合い」のことだ。2000年代の早い時期からみられ、いまでも続いている。

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親同士の見合いである相親角の様子。2010年頃の上海人民公園にて

いつまでも結婚しようとしない子の姿に、いても立ってもいられなくなった親たちは、自ら子の配偶者を探すことで、子の幸せとともに自分の老後のささやかな安寧を夢見ているのだろうか。

興味深いのは、親たちは双方が見合う条件として、年収や職業、留学経験、出身地、容姿をはじめとした中国社会における「信用システム」の指標を重視しているように見えることだ。国家主導で国民の格付けを構築しようとすることに疑問の声が少ない国柄がよく出ていると思う。

これらのことは単に親のエゴの問題や、ひとりっ子社会ゆえの特性というだけでは説明できないだろう。日本であれば、「子離れできない親が悪い」と切り捨てることはたやすいかもしれないが、彼らはわれわれとは異なる社会に生きているのだ。谷超さんが誰よりもまず父親に自分の本当の姿を受け入れてほしいと考えたことも、中国人の人生にとってどれほど親子関係というものが重要であるかをあらためて教えてくれる。

中国独立系ドキュメンタリーの系譜


筆者にとって、このドキュメンタリー作品の見逃せないところは、どうしてここまで対象に迫れる映像が撮れたのか、ということだ。

当事者たちが、結果的にかもしれないが、自分の内面や置かれた状況を表出することができたのは、ひとえに撮影者と取材対象者との距離感と信頼関係ゆえだろう。プライバシーという共有認識が存在する日本の社会では、この距離感はそう容易に実現できないのではないだろうか。

こうした点は、「中国独立系」と呼ばれる、当局の検閲を受けずに撮影された(ゆえに公開はできない)ドキュメンタリー作品の中にすでに表れていた。

2011年に東京で開催された中国インディペンデント映画祭の出品作である徐童監督の『収穫』(原題『麦収』)は、北京の底辺を生きる若い女性、しかも風俗嬢である農民工の日常をビデオカメラで延々撮り続けるものだ。農民工とは、中国独特の存在で、地元農村を離れて都市で働く人たちを指すが、彼らは都市戸籍を持たないため、都市民と同じ生活サービスを与えられず、隔絶された生活環境を強いられている人たちだ。

この作品では、彼女の仕事や友情、恋愛、家族との関係など、こんなに何もかもさらしてしまって大丈夫なのかと心配してしまうほどのあけすけさで私生活が公開されている。

文=中村正人

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