長く平壌で活躍した元党幹部の知り合いに「委員長と総書記って、仕事の違いがあるのかな」と聞いてみた。彼は舌打ちしながら、「そんなことあるわけないだろ。どっちも同じだ」と答えた。一部の専門家は「書記制の方が委員制より、党の支配力が強まる」などと言っているが、確かに、名前が変わったくらいで権力を強化できれば、そんな楽なことはない。
では、なぜ金正恩氏はしょっちゅう、自分の肩書を変えるのか。この元党幹部によれば、正恩氏の父に対する強い憎しみが根本にあるという。父、金正日総書記は女にだらしない人物だった。手当たり次第に女に手を出すので、平壌市民の間で「街を歩けば、1日に1回は金正日総書記と似た顔に出会う」という小話が広がったくらいだった。金正恩氏の母、高英姫氏が金正日総書記と事実上の婚姻関係にあったときも、金正日総書記には金英淑という正妻がいた。おかけで、高英姫と金正恩母子は祖父、金日成主席と会うこともできなかった。
父への憎しみもあり、金正恩氏は父と同じ総書記を名乗ることを嫌がり、第1書記という職名を選んだ。しかし、第1書記や第1委員長という名称では、数ある書記や委員に序列をつけただけという印象で、「別格感」が出ない。それで16年に党委員長を名乗ったという。このとき、書記制度を廃して委員制度にしてしまったため、混乱が起きた。
北朝鮮では中央党の下に、日本の県にあたる道、市、さらには職場や地区ごとに数人単位からで構成する細胞など、様々な党組織がある。それらの党組織のトップの名称は責任書記だったが、16年の変更で一斉に委員長を名乗った。元党幹部はおかしそうに、「それで全国に委員長を名乗る人間が数万人も生まれたわけだ。権威もあったもんじゃない」と語る。
北朝鮮は国際社会による制裁、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐための国境封鎖、大規模災害などで、経済が疲弊している。金正恩氏も善政を敷いたとは評価されておらず、権威はがた落ちだ。何とか、格好だけを取り繕おうと、全国で1人しかいない総書記を名乗り、地域のトップらには責任書記を名乗らせることにしたという。