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それに、いま、そこで、本気で取り組まないでいて、いったいいつなら、どこでなら本気になれるのでしょうか?

道元禅師にある典座(てんぞ)和尚とのあいだの有名なエピソードがあります。中国にわたって天童山の如浄(にょじょう)禅師のもとで修行を始めたばかりの頃、道元禅師は、ある日、真夏の炎天下で日よけの傘もかぶらずに、椎茸を干している年老いた典座和尚を見かけます。

「なにもこの暑いさなかに、その仕事をしなくてもいいではないですか。もう少し、日差しが和らいでからでも……」。そう語りかけた禅師に老典座はこう答えます。「更にいずれの時をか待たん」

その意味は、「いまでなくて、それでは、いったいいつやるのだ(いつになったら、これをやるにふさわしい時というものが来るのか→そんな時は来るわけがない)」ということです。

道元禅師は、この老典座にいたく感銘を受けた、と伝えられています。いましかない、ここしかない、と腹を据えたら、仕事に本気になるための、生きていることを楽しむための「工夫」というものが生まれてきます。

「誰がやっても同じではないか、と思っていたこの仕事であっても、待てよ、なんとか“自分流”の色が出せないか?」ということになります。

いま、そこで、精いっぱいを尽くす意欲がみなぎってくる、といってもいいですね。取り巻いている風景がそれまでとは全く違ったものになると思いませんか?

仕事で“自分流”が出せたら、誰でもできる仕事が、彼(彼女)にしかできない仕事に変わります。「彼(彼女)だったら、どんなふうに仕上げてくるか期待したいね」そんな評価の声が上がるようになるでしょう。それを「存在感」というのです。

心から楽しめるものに打ち込んでいたら、その瞬間、瞬間を充実して生きることができます。心から迷いや不安が消えて、どんどん前向きになっていきます。

決められない自分を責めない。判断力を鈍らせる「情報過多」


「情報化社会」と「心」の関係について話をしたいと思います。現代社会は「超」という字がつくほどの高度情報化の時代に入っています。急速なインターネットの普及、進化がそれに拍車をかけていることはいうまでもないでしょう。

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情報が幅広く、簡単に手に入るのは、利便性という点では好ましいことには違いありませんが、反面、憂慮すべき問題も孕(はら)んでいるのではないかと思います。

有り余る情報が判断力を弱めているというのがそれです。

たとえば、健康のためになにかをしようと考えたとします。「ちょっと情報を集めてみるか」とネットで検索をすれば、たちまちすさまじい量の情報が押し寄せてきます。

その結果、「これもよさそうだし、こっちも効果がありそう。なになに、こんなのもあるのか。いや、これも捨てがたいぞ……」と、あまりに選択肢が多すぎて、判断に迷ってしまう、判断に自信が持てなくなる、というわけです。

あらゆる場面でこうしたことが起こっています。仕事についても、「ここは将来性がありそうだ」「こちらは条件がいいな」「面白さからいったらこっちか」「給料の面ではここもいいし……」ということになります。

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