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クリエイティブディレクター/コピーライター


ルレ・エ・シャトーの愛好家たちは、毎年新しいブックレットを送ってもらい、次のバカンスの宿を選ぶ。筆者がこれまで多く訪ねてきたヨーロッパの宿も、大抵は交通の便の悪い場所──山岳地帯や海を見下ろす崖の上、他に観光スポットのないような田舎町や田園地帯といった場所にあったが、宿にだけは常に美しい車と美しい人々がいた。なぜなら、そこにはミシュラン三ツ星の定義するところ同様「そのためにわざわざ旅行する価値がある卓越した料理がある」からだ。

ディナーの時間になり、入浴でリフレッシュした身体に新しい服をまとい、タイを締めてレストランに向かう。食事は旅のメインイベント。儀式でもありセレブレーションでもあるのだから、シェフへの敬意も込めてタイドアップする。

ナチュレフレンチ「菜」の空間は、野趣を感じさせる大ぶりな木の枝やキノコなどで彩られ、落ち着きのある木の家具でしつらわれた「森のレストラン」といった趣。ゆえに、きちんとアイロンのかけられた白いテーブルクロスや1mmのズレもなくセッティングされた食器のコンポジションから伝わる高い美意識とモチベーションが、対比の内にさらに際立つ。

田邉真宏統括総料理長の指揮の下で、フレンチ料理長 半藤智昭が腕を振るう料理は、地元信州の素材を用い、マクロビオティックの手法に独自のガストロノミック・エッセンスを加えたもの。食材そのもののたくましい生命力が、洗練されたプレゼンテーションによって生き生きと高められていて、どの料理も食べる前から美味しい。



中でもアミューズやオードブルは、秋刀魚や信州サーモン、ナメコ、すんき、しいたけといった、まさに郷土料理店で出されるような海の幸、山の幸を用いながら、見た目も味も芸術的な「新しいもの」として生まれ変わっていて、喜びと驚きを与えてくれる素晴らしいものだった。

メインは魚と肉(アマダイと鹿ロース)の両方というフルコースであったにもかかわらず、この喜びと驚きの飛翔は最後まで下降することなく続いた。ソムリエがペアリングで出してくれたワインのセレクションのお陰もあるだろう。



コースも残すところデセールだけとなった時、またもや嬉しいサプライズが待ち受けていた。「よろしければ、デセールと食後酒は場所を変えて召し上がりませんか?」。声をかけてくださったのは、食事をともにしていた「明神館」代表取締役社長の齊藤忠政氏だ。

喜び勇んで後に続くと、案内されたのは宿の外。星のきらめく冬空の下、渓谷に突き出したオープンテラスに明るく浮かび上がって見えたのは、予想だにしなかったグランピング・テントであった。



シャンデリアとたくさんのキャンドルに照らし出された中の空間は、まるで童話に出てくる、狩りに出た王の野営地もかくやといった具合の贅沢さ。暖房のあたたかさ以上に、その雰囲気が、そしてもてなしの心が温かい。聞けば、明神館90周年を記念して立てられたというこのテントは、予約制で特別なディナーなどに使われるという。

 

やがて運ばれてきたのは、栗を主役にしたメインのデセールと、木のプレートに並べられた森の宝石のようなプティフール。楽しい話は尽きず、飲み干した盃にはいつの間にかまた新たな酒が注がれ、夢のような夜はいつしか更けていった。

編集、文、写真=大野重和(lefthands)

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