飲食店が厳しい状況に立たされている現在の状況を、ミシュランの星を2年連続で獲得した気鋭のシェフはこう称した。
「外食の機会が減ったことで、何を食べるかより、誰の料理を食べたいのかを考えるようになった。料理人が“選ばれる”時代になったのです」
2018年にオープンしたフレンチレストラン「sio」を率いる鳥羽周作は、どうすれば客に選んでもらえるのかを、真剣に自問し続けてきた。
東京都が外出自粛を呼びかけた3月下旬、店の売り上げは6割減にまで落ち込んだ。他の多くの飲食店と同様、鳥羽もテイクアウトに活路を見出そうと模索した。いつどんな状況で食べられるのか、不確定要素の多いテイクアウトは、レストランで修業を積んできた鳥羽にとって未知のジャンルだ。
「冷めたり崩れたりという最悪の状況を前提とし、それでもおいしいと感じるものをつくらなければならない。材料も調理法も、レストランのセオリーは通用しません。3週間自宅にこもって、スーパーやコンビニの惣菜類を徹底的に研究しました」
打ち出したのは、競合の少ないバインミー。だが、客単価2万円のレストランが、1本1000円のベトナム風サンドイッチを販売することに抵抗はなかったのか。
「原価率は4.5割ですから、ほとんど儲けにはなりません。それでも続けたのは、テイクアウトは店の『最高の名刺』になると気づいたからです」
バインミーは1日平均200本を売り、弁当や惣菜も合わせると、結果的に、レストランの売り上げを補うことができた。さらに、sioに馴染みのない層をも店に呼び込むことにもつながった。“名刺”を受け取った客がsioのファンになり、遠方から足を運んでくれるようになったのだ。
同様の現象は、SNS上でレシピを無料公開して評判を呼んだ「#おうちでsio」でも起きている。店の看板料理やコンビニ商品のアレンジメニューを、スーパーにある食材と家庭にある調味料を使ってつくれるよう鳥羽が指南。ツイッターで配信したところ、ミシュランシェフによる手軽なレシピはたちまち話題となり、レシピを実践した人が「味の答え合わせ」をするために店を訪れるようになった。
鳥羽シェフのスペシャリテ、馬肉のタルタル。10皿からなるsioのディナーコース(1万円〜)で供される。アルコールペアリング、ノンアルコールペアリングともに6000円。
「コロナ禍で、飲食店としてお客の要望にすべて答えようと思ったのです。だから、1000円のサンドイッチから1万円超の高級弁当まで販売し、店のレシピもオープンソース化した。結果としてお客のエンゲージメントが高まり、常連客も増えました」
つくりたいものではなく、求められるものをつくる。サービス業の原点に立ち返ったことで、ビジネスがスケールしたと鳥羽は分析する。