IT企業トップは子供にスマホを与えない
IT企業のトップは、自分たちが開発した製品に複雑な感情を抱いている。その最たるものが、アップル社の創業者スティーブ・ジョブズのエピソードだ。ニューヨーク・タイムズ紙の記者が、あるインタビューでジョブズにこう尋ねている。「自宅の壁は、スクリーンやiPadで埋め尽くされてるんでしょう?」それに対するジョブズの答えは「iPadはそばに置くことすらしない」、そしてスクリーンタイムを厳しく制限していると話した。仰天した記者は、ジョブズをローテクな親だと決めつけた。
iPadを持つスティーブ・ジョブズ(Getty Images)
テクノロジーが私たちにどんな影響を与えるのか、スティーブ・ジョブズほど的確に見抜いていた人は少ない。たった10年の間に、ジョブズはいくつもの製品を市場に投入し、私たちが映画や音楽、新聞記事を消費する方法を変貌させた。コミュニケーションの手段については言うまでもない。それなのに自分の子供の使用には慎重になっていたという事実は、研究結果や新聞のコラムよりも多くを語っている。
デジタルのメリーゴーラウンドにぐるぐる回されてしまうのは簡単だ
会社である文章を書いている最中だとしよう。チャットの着信音が聞こえ、スマホを手に取りたい衝動に駆られる。何か大事なことかもしれない。やはりスマホを手に取り、ついでにさっきフェイスブックに投稿した写真に新しい「いいね」がついていないかどうか素早くチェックする。すると、あなたの住む地域で犯罪が増加しているという記事がシェアされている。その記事をクリックし、数行読んだところで、今度はスニーカーのセールのリンクが目に入る。それにざっと目を通そうとするが、親友がインスタグラムに新しい投稿をしたという通知に中断される。さっきまで書いていた文章は、すでに遥か彼方だ。
ここであなたの脳は、数十万年かけて進化した通りに機能しているだけだ。チャットの着信のような不確かな結果には、ドーパミンというごほうびを差し出す。そのせいで、スマホを見たいという強い欲求が起こる。脳は新しい情報も探そうとする。特に、犯罪事件の記事のように感情に訴えてくる、危険に関する情報を。
もともとは生き残り戦略だったはずの脳のメカニズムのせいで、人間はデジタルのごほうびに次々と飛びつく。それが文章を書く邪魔になるからといって、脳は気にも留めない。脳は文章を書くためにではなく、祖先が生き延びられるように進化したのだから。
スマホが脳をハッキングするメカニズム、そしてなぜスマホを遠ざけておくのが難しいのか、これでわかっただろうか。
私たちを虜にするスマホの魔力に、人間はどんな影響を受けているのか。『スマホ脳』では、様々なデータを元に分析し、その驚愕の実態と対応策を具体的に示した。現代人がデジタルライフから知らず知らずに受けている悪影響を取り除き、健康に生きるにはどうすればよいのか? ぜひ、本書を読んで考えてほしい。
『スマホ脳』(新潮新書、アンデシュ・ハンセン著 、久山葉子訳)