鷲尾:日本でも、2011年の東日本大震災発生時には、やはり同様の動きが活発化しました。
オードリー:確か、コミュニケーションアプリの「LINE」の誕生というイノベーションも、東日本大震災がきっかけでしたね。とても素早くてクリエイティブな取り組みだと思います。
鷲尾:「Code For Japan」などオープンソースコミュニティの活動、また行政や民間企業においては「スマートシティ」というコンセプトやそのための技術革新についても、この震災をきっかけに議論や社会実装が広がりました。「クロスセクター」、つまりそれぞれの立場を超えて協働しあう仕組みづくりをいかに成熟させていくことができるかが、争点だと思います。
「イノベーションしないと消滅してしまう」という危機感
オードリー:本来、日本は同じような力を持っていると思います。
ただ、台湾では、もともと「社会のみんなで創造する」という考え方が根底にあるように思います。
そして、台湾では、「パブリックセクター(行政)よりも、ソーシャルセクター(市民)のほうが有効」と考えられています。
例えば、私の記憶では、台湾では6回の憲法改正が行われています。また国民投票法も2~3回の改革がありました。それらの改革は、全て台湾のソーシャルセクターからの提案で、行政側がそれを受け止め、理解し承認したものです。台湾の人々にとって、民主制度とは、科学技術と同じで、自然科学や社会科学など様々な発想を取り入れて、総合的に考えるものなのです。
鷲尾:多様な立場の人や、その発想を掛け合わせていくこと。まさに「新結合」を起こしていくことですね。
オードリー:民主化とは「新しい社会をつくる」ことであり、つまりは「イノベーション」を起こすことなのです。
オードリー・タン氏
台湾では民主化の歴史を通して、新しいものを作り出さないと、また元の社会、つまり戒厳令下の社会(※4)に戻ってもおかしくないという懸念や恐怖心があったためです。「イノベーションしないと消滅してしまう」という危機感、それが台湾人の中にあるのです。民主化とは「新しい社会をつくる」ことであり、そのため、社会イノベーションと産業イノベーションの間にも明確な区別はありません。
例えば、前述した2014年のひまわり学生運動の後、当時の行政院長(※5)である毛治國氏、行政院副院長の張善正氏、政務委員である蔡玉玲氏らの幹部は気づいたそうです。
(※4)戒厳下の社会:1949年~1987年において国民党政府が反体制派に対して行った政治的弾圧で、反体制派とみなされた多くの国民が投獄・処刑された。
(※5)行政院長:台湾の行政院の長であり、首相に相当する。