中国にしてみれば、陸幕副長などを務め、陸自特殊作戦群の創設にも関わった山下氏がなぜ、中国にやって来るのか、興味津々だったのだろう。
山下氏がやりたかったのは、小説の舞台にリアリティーをもたせるための取材であり、中国が警戒したであろう軍事機密への接近ではなかった。すでに、山下氏には現役時代に蓄積した豊富な軍事知識があった。
『オペレーション雷撃』に出てくる中国軍は、特殊部隊や電磁波を使って自衛隊を攪乱するなどのハイブリッド戦争を仕掛けてくる。マッハ15の極超音速弾を発射するレールガン(電磁砲)まで登場する。山下氏はこうした基礎知識をもとに「自分が中国軍の作戦部長になったつもりで書いた」という。
一方、山下氏は取材旅行を通じ、中国軍の精強な姿も確認したという。
1回目の旅行の際、大連の旧ロシア人街をジャージ姿で行進する30~40人の若い中国軍兵士とすれ違った。「規律正しく、自信に満ちた表情が印象的で、しっかりした軍隊だと感じた」という。北京郊外の高速道路では、演習帰りと思われる中国軍の車列と遭遇した。1個砲兵旅団くらいの規模だった。軽砲約30門、中砲約5門をそれぞれ装備していた。「偽装網をしっかり装着し、砲身も汚れていない。部隊士気の高さを感じた」という。
2回目の旅行では、瀋陽市内にある博物館で小学生を引率する兵士らを目撃した。「子どもに親切で、人民に寄り添う姿が印象的だった。侮れないと思った」
こうした取材の成果を活かして、処女作の完成にこぎ着けた。ラストには苦労したのだという。「フィクションだから、あんまり日本人をがっかりさせる結末にするのは良くない」と考えたという。逆に言えば、それは現在の自衛隊と中国軍との彼我の差を意識した結果でもあった。
山下氏がみるところ、中国軍の力は1996年の台湾海峡危機のときとは比べものにならないほど強まった。96年の危機では、米軍が2個空母打撃群を台湾付近に派遣して中国の挑発を抑止した。いまや、米軍が台湾海峡に接近すること自体に苦労するかもしれない。
山下氏は「尖閣諸島を巡って日中が対決する事態に至っても、現実には米軍はすぐには駆けつけられない。来援する米軍が現地に到着するまで、米議会の承認や準備で、最低数週間はかかると思わなければならない」と語る。
今頃、山下氏を監視していた中国は急ぎ、『オペレーション雷撃』を分析しているのかもしれない。
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