作山記者は、大津に戻る道中、車のハンドルを握りながら考えた。「あの、いかにも好人物に見える警察官が単独でこんなひどい冤罪事件を起こすだろうか」。その夜、この時の取材メモには〈感想〉として、こう記した。
「ああいうどこにでもいそうな普通のおっさん(むしろかなり優しそう)が、美香さんに強引な取り調べをしたとすれば『?』。横の署員が『組織で』とフォローしたように、やはり、上からの圧力のようなもので、美香さんの供述を取るように仕向けられたのか?? 少なくとも17年8月6日のニュースを問う『アメとムチ使い分け』のような人には見えず『??』。また、Aは普通に話しやすい良い人なので、場所や立場が違えば、またそのうち語るのかも?」
作山記者のこの夜の取材は、A刑事課長の警察署を管内に持つ通信局の川添智史記者(29)があらかじめ段取りしていた。A課長が当直長に入る日程を調べ、大津から1時間以上かけて来る作山記者の取材が〝空振り〟にならないよう、会えるタイミングを事前に伝えていた。
「大事なところは見誤るな」幹部の忠告、その意図は?
作山記者がA課長に取材した翌日、川添記者の携帯に電話が掛かってきた。署の幹部からだった。
幹部「昨日の取材やけど、本人にはやめてくれって本部から申し入れしてたんやけどな」
川添「それは知らんかったです」
幹部「まあええわ。A課長の印象どうや?」
川添「想像とはかなり離れてますね」
幹部「そうやろ。中日さんで結構書いてるけど、書かれてるみたいな人ちゃうんや。昔から知ってるけど朴訥な人。口も上手くないし、女性に対してもそんなんできん。被疑者が『好意に乗じて言わされた』みたいなこと書いてたけどありえへん。わかったやろ。Aは組織のパーツでしかない。聴取の担当で、自分の仕事を忠実にしただけ。そんなんできる人ちゃう」
川添「組織の中で上からの圧力みたいなんあったんかな、みたいに思ったりもするんですけど」
幹部「それもないわ。だって圧力かける必要ない。自分から言ってきたんやから」
川添「自白を迫る必要なかったていうこと?」
幹部「被疑者がほんま変わってるんやわ。ほんまに。Aさんは、被疑者が言ってきたことを書いただけ。いまは被疑者ちゃうけど」
川添「なら、なおさらホンマのところをAさんに聞きたいですね。そういう意味で取材した方がいいかなと思うんですけど」
幹部「おれは個人的にはかまわんと思っている。本部は取材を控えてほしいと申し入れているけど。ガンガンやってくれてええわ。皆さんの仕事は事実を明らかにすることやから。ただ、中日さんの書き方は良くないと思うわ。ピントがズレてる。確かに無罪になったのは悪い。県警が悪いのは間違いない。だが、悪いのはAだけやなくてむしろ、全体を指揮した捜査指揮官や。(痰詰まりの可能性を示す)書類を送検してへんかったとか。その方が全然悪い。検察とかがそこを見誤ったらあかん」
川添「なるほど。じゃあ取材はその捜査指揮官もせんとあかんですね」
幹部「とにかく、大事なとこ見誤ったらあかんからそこだけは言っとこうと思うたんや。批判されるべきところはドンドン書いてくれたらええ。こっちはそれで背筋ピーンとして仕事したらええんやから。