掟破りの人事に波紋 韓国大使という「お仕事」

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ただ、いくらインナーサークルだと言っても、本国の首脳と簡単に話せるわけではない。韓国では大統領の権限は非常に強いため、なおさら、出先の大使が携帯1本で気軽に電話するというわけにはいかない。韓国大使経験者によれば、大統領と話をしたい場合、事前に大統領府秘書室長ら側近に事情を話して了解を得たうえで、通話の時間を設けてもらう必要があったという。

おそらく、姜昌一氏が駐日大使になれたとしても、文在寅大統領と気軽に話すというわけにはいかないだろう。逆に、大統領の機嫌を損ねることを恐れ、口当たりの良いことばかりを報告する可能性すらある。

過去、駐日大使館に勤務したことがある、韓国政府の元高官に「どんな大使が一番良い大使だろうか」と尋ねたことがある。この元高官はしばらく考えた後、「我々が仕えやすいという意味では、一番良いのは外交官だ」と語った。

大使の仕事には儀礼的なものも多く含まれる。赴任先の国々の要人を招いての会食や行事の際、席順やあいさつなど気を遣うことも多い。「外交官ではない人物が大使になると、この慣習を習得するまで半年から1年くらいはかかる」という。

また、日本では日本語しか話せない政治家も多い。気楽に酒でも飲みながら話し合い、わかり合うためには、日本語が必要だ。

元高官は「次に良いのは政治家。ただし、これは当たり外れが大きい」と語る。

赴任先の要人たちと良好な関係を築くのも大使の重要な仕事のひとつだ。相手が「この大使の頼みなら断れない」と言うくらいになれば最高だ。

政治家は選挙を経験しているだけに、こうした人間関係を作る能力には長けている。ただ、外交官と異なって売名に走るケースもある。政治家は自己主張も強いため、一度暴走すると、周囲も止められない。

そして、この元高官は「一番ダメなのは学者。自分の主張ばかりで相手の言い分を聞かない」と話した。もちろん、これは元高官の体験談なので、学者出身の大使が全てダメということではない。

この元高官が言いたかったのは、外交とは妥協の連続であり、相手の言い分も十分に聞く度量が必要だということだろう。現実主義者で柔軟な思考の持ち主であれば、学者だろうが政治家だろうが、立派に大使の任務を務められるだろう。逆に、頑迷でプライドばかり高い外交官だって掃いて捨てるほどいる。

今のところ、私の日本での取材先で姜昌一氏を高く評価する人はいない。逆に、姜氏が外交儀礼を尊重し、日本人と良い人間関係をつくり、相手の言い分もよく聞く大使になろうと努力すれば、あるいは日本人の評価も変わっていくのかもしれない。

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文=牧野愛博

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