ビジネス

2020.12.30

世界有数のメモリメーカーを生んだ「79歳の起業家」が歩んだ道

ジョン・ツー(左)とデーヴィッド・スン(右)(C)Kingston


ブラックマンデーで全てを喪失


「私はツーと出会えて本当に幸運だった。彼は、私にないスキルを補完してくれた」と69歳のスンは話す。事業は順調に成長し、1986年に3人目のパートナーと共に当時IBMのライバルだったASTに600万ドルで事業を売却した。売却により各人が手にした金額は、税引後で130万ドルだった。

スンは、ツーに証券会社に勤める友人を紹介し、手にした資金を株に投資するよう勧めた。しかし、1987年10月にブラックマンデーが起きて株価は大暴落した。2人は、それぞれ100万ドルを失った上、証券会社に20万ドルの手数料を支払わなければならなかった。

資産を失ったその日に、2人はKingston Technologyを設立した。業界では、最新チップの在庫が不足していたが、スンは大手が旧式として見向きもしなかったチップを使って機能を強化した回路基板を開発した。彼らの作戦は的中し、製品は飛ぶように売れ、製造が追いつかないほどだったという。売上高は、1989年に4000万ドル、4年後には4億3300万ドルに達し、サムスンと東芝に次ぐ成長率を達成した。

ツーとスンの推定資産額は3億4000万ドルとなり、1995年にはフォーブスの長者番付「Forbes 400」に初めて名を連ねた。その翌年、ソフトバンクが15億ドルでKingston Technologyの株式の80%を取得した。しかし、2年後には半導体メモリの市況悪化により、ソフトバンクが株式を手放す必要に迫られたため、Kingstonは4億5000万ドルで株式を買い戻した。

その後、市況は回復し、Kingstonは再び成長軌道に乗った。同社は、フラッシュドライブやSSD、メモリリーダーの製造も手掛けたが、製品ラインを拡大し過ぎず、業界最高水準のカスタマーサービスを強みに成長を続けた。2人は過去の株取引の失敗経験から、Kingstonを一度も上場させることなく今日に至る。

ツーは、自身がビジョンを持ったリーダーだとは考えておらず、スンもツーがそうだとは思っていないという。しかし、スンはツーの冷静さを高く評価しており、そのお陰でKingstonは推定評価額13億ドルという規模まで成長することができたと考えている。「ジョンは聞き上手だ。彼が我々にとって頼みの綱だ」とスンは語った。

編集=上田裕資

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