この言葉が、日本の司法の闇を白日の下に晒す、新たなキーワードとして注目されたのはごく最近のことだ。Forbes JAPAN Webでは、この4月から長期連載「#供述弱者を知る」を展開しているが、書き手である中日新聞の秦融編集委員が率いる「呼吸器事件取材班」が、2020年12月に日本医学ジャーナリスト協会賞大賞を受賞した。
今回は、連載からスピンオフして、鍵となる3人の特別インタビューをした。取材班が追ってきた滋賀県の「人工呼吸器外し殺人事件」で、今年春に晴れて無罪判決が言い渡された西山美香さん、秦編集委員とは同期の元新聞記者で精神科医の小出将則医師、それに秦編集委員本人だ。
彼らが、いま世の中に発信したいメッセージを聞いた。
冤罪が起こりうるメカニズムがある
今回の大賞受賞理由には「ジャーナリストの視点を持つ医師の存在は大きかった」とある。再審で無罪判決を勝ち取る転機となったのは、秦編集委員の依頼で小出医師が実施した獄中鑑定だった。この鑑定により、西山さんの軽度知的障害、発達障害、愛着障害が明らかになる。
まさに「供述弱者」である西山さんを「私が呼吸器のチューブを外しました」と虚偽自白へと誘導した取り調べについて、精神医学の視点から「冤罪」として検証したことが大きな評価をされた。
──日本医学ジャーナリスト協会大賞を受賞されましたが、最近の供述弱者への関心の高まりについてどう受け止めていますか。
秦編集委員:率直に驚きました。「人工呼吸器外し殺人事件」は冤罪問題であって、医学は脇の視点として受け取られがちでした。それに、医学の視点で真正面からスポットライトを当ててくれたことをありがたく思います。
まず読者は「そんなことが本当にあるの?」「日本の司法ってもうちょっとしっかりしているだろう」と、捜査の筋にダイレクトに関心をもたれると思います。警察、検察の捜査段階から、7回もの裁判で初歩的なミスが見過ごされて繰り返されていく。その冤罪の視点は、まず必要不可欠のものでした。
一方で、西山さんが「供述弱者だから」このような冤罪が起こったかと言うと、そうではありません。冤罪が起こりうるメカニズムが、司法の中にあるということは知っていてほしい。供述弱者にフォーカスしてもらえるのはいいけれど、人ごとになってしまうジレンマも実は感じています。
──ジレンマと言うと?
秦編集委員:私は西山さんと3年ほどお付き合いがありますが、何の違和感もないんですね。逮捕されて刑務所に入るまで「障害」があることは誰にも気づかれず、普通に社会で生活をしてきた。当事者も気づいていなかったのですが、周囲も本人の言動を理解できない部分があった。
Forbes JAPAN Webでの連載は、そんな社会を小さく分断している溝を埋めるような報道になればいいと思っています。ですから、連載タイトル「#供述弱者を知る」のように、まずは「知ること」からですよね。情報を正しく理解することが大原則なのです。
小出医師:「供述弱者」の「弱者」とは何か。戦後、高度経済成長を経てきた日本は、自立して仕事をする「大人」をモデルにつくられた社会です。アメリカなど欧米諸国に「追いつけ、追い越せ」と、多くの人と大きな物語を共有できた時代です。だから弱者には、高齢者、子供、場合によっては主婦などが挙げられてきました。
そしてバブルが弾けて、IT化が進み、個の時代になると「弱者」の存在がより浮き彫りにされてきました。障害とは英語では「disability」や「disorder」などと言われます。前者は「能力がない」、後者は「基準から外れる」という意味です。
「発達障害」の場合は、後者の解釈が当てはまります。人は生まれつき個別に様々な特性を持っており、見方を変えればこれは「個性」とも言える。しかし、大人中心の社会では、弱者にもなりうる。
この冤罪事件では、特に障害を持つ人がフォーカスされていますが、誰でも弱者になりうる。もっと言えば、誰でも「障害者」になりうるのです。