そんな彼女は、2010年に早稲田大学人間科学部のeスクールに進学したのをきっかけに、研究者としての道も歩んでいる。2019年には、AIベンチャーのエクサウィザーズのフェローに就任し、介護、医療、予防などの分野でAIやロボットを活用する共同研究を開始。現在は、早稲田大学大学院人間科学研究科博士課程で「老化学」の研究に没頭している。
「いまは研究が本当に楽しくて、壮大な趣味を手に入れたような感覚」と語るが、初めから全てが順調に進んだわけではなかった。実は、アイドル時代に芸能事務所をやめて、辛酸をなめた過去がある。そこからどのように人生を好転させたのだろうか──。その秘訣を探った。
研究者の道へ 予期せぬ「やめる」選択
「昨日も研究室で夜中の2時半くらいまで計測や実験をしていました」
そう語るいとうさんは、一切疲れを感じさせず、むしろ充実感を漂よわせていた。
「アイドル時代には、大学には1日も通えずに退学になってしまったんです」。いとうさんが、再び大学の門を叩いたのは45歳のとき。文部科学省主催のある仕事で「予防医学」という学問に出会ったのがきっかけだった。
病気にかかってから治療するのではなく、病気になりにくい体づくりを推進する予防医学の考え方に共感し、この学問を本格的に勉強してみたいと考えて、早稲田大学の通信教育課程に入学。「予防医学」の講座だけでなく、統計学や英語など、今後の役に立ちそうな講座は積極的に受講したという。
40代半ばで始めた大学生活も、オンデマンドでの学習スタイルを上手く取り入れて、順調なスタートだった。
しかし、大学3年生のゼミ選びで思わぬ転機が訪れる。予防医学を担当する教授がその年度で退職することになり、新規ゼミ生の受け入れをやめてしまったのだ。「予防医学を学ぶために大学へ入ったのに……」と、行き先を失ってしまったいとうさんは、悩んだ末に20歳以上年の離れた同級生に相談を持ちかけた。すると返ってきた回答は、いとうさんにとって意外なものだったという。
「ロボット工学のゼミが人気がありますよ、とオススメされたんです。でも、予防医学とは全然違う分野だし、ロボットなんかそれまで全く興味がなくって、最初は正直やる気がなかった。とはいえ、せっかく勧めてくれたんだからと考えなおして、すごく悩んだ末に、予防医学の道を模索するのはやめて、ロボット工学へと切り替えたんです」
結果として、この選択がいとうさんの研究生活を好転させることになる。というのも、彼女のその後の研究テーマとなる「ロコモティブシンドローム(運動器症候群)」に、ここで出会うことになるからだ。同じゼミに通っていた現役医師の同級生から、高齢化が進む日本の課題として、「ロコモ予防」の大切さを学んだのだという。
体を動かすことにかかわる骨、関節、筋肉などを指す運動器の機能が、加齢に伴って衰え、寝たきり生活へのリスクが高まることを指す「ロコモ」は、予防医学を学ぶつもりだったいとうさんにとって、興味深い課題だった。
「ロコモを解決するロボットの研究ができれば、『予防医学』とも多少関わりのある研究になると思ったんです。だからゼミでは、ロコモ予防になる正しいスクワットを計測する機器を開発して、国際ロボット展のブースで発表しました。そうしたら、ある企業の方が展示を見て、もし今後も研究を続けるなら、一緒に何か作りましょうとおっしゃってくれたんです。その時には大学院に進むことは全く考えていなかったのですが……」