社会が大きく揺れ動き、人々の行動様式が変わっても、我々が重視する価値観は案外、普遍性を帯び続けるものだ。パンデミックによる小売業界の激変は、顧客や従業員と真摯に向き合うことがいかに重要かを改めて教えてくれた。
2020年3月、米国でロックダウンが始まると、小売業界の状況は一変した。
パニックになった人々がスーパーに押し寄せ、トイレットペーパーや消毒剤、漂白剤、ペットボトルの水を奪い合うように買っていった。アマゾンでは、注文が殺到して配送の遅れを招き、生活必需品以外の注文を制限したため、否定的なカスタマーレビューが50%も増加。何百万という顧客が他のオンラインストアに流れた。同時に、何百万もの小規模業者が実店舗からオンライン中心のビジネスへ転換を余儀なくされた。
一方、ターゲットやホーム・デポ、ウォルマートといった大手小売業者はコロナ禍でも好業績だ。ターゲットの20年第2四半期の売上高は前年同期比約25%増の230億ドル、オンライン売り上げは約3倍で、1000万人の新規顧客を獲得。誰も新型コロナウイルスのパンデミックを予想していなかった時期から、アマゾンという「小売業界のパンデミック」への対抗策を講じてきた結果だ。
それはこの“デジタル・ジャイアント”にはない何千もの実店舗という資産を活用することだった。維持費がかかるうえに老朽化も進み、ずっと負債とみられていた店舗を地域密着型の物流拠点として活用して、オンラインと連携させた。導入当初から成果をあげていたが、パンデミックが追い風となったかたちだ。
ドイツ銀行の小売アナリスト、ポール・トラッセルは、「ターゲットは本当に便利になった」と話す。同社のカーブサイド・ピックアップ・サービスでは、オンラインで注文した商品を店頭で受け取ったり、店舗駐車場からアプリで到着を知らせれば、スタッフが注文した商品を運んできて、トランクに積んでくれたりする。
こうしたサービスは顧客や株主に利益をもたらしたが、3番目の受益者であるべき従業員は深刻な状況に陥っていた。19年の米国における小売従業員の年間賃金中央値は2万5250ドル。昇進機会も少なく、年間離職率は約60%にも上る。この解決策として生活保護、すなわち納税者の税金が使われてきた。シンクタンク「経済政策研究所」によれば、小売従業員の35%以上が生活保護を受けているという。
ところが、コロナ禍でレジ係や販売スタッフが最前線のエッセンシャルワーカーとして注目されると、状況は一変した。7月になるとターゲットは、最低賃金の時給を2ドル引き上げて15ドルにすると発表した。その後も各種手当や有給病気休暇、安全対策の強化など、待遇改善策を打ち出した。