ビジネス

2020.12.28

トリー・バーチのエレガントな「死闘」に密着。高級ブランドは生き残れるか?

未だ猛威を振るい続ける新型コロナウイルス。世界中が厳しい経営環境に直面するなかで、他者に先駆けて活路を見出し、未来を切り拓いた企業が各地に存在していることをご存知だろうか。12月25日(金)発売号では、そんなロックダウン時代を象徴する賢者たちを特集。なぜ彼らは現状を打破し、未来の扉をこじ開けることができたのか。その法則とは──。

アパレル企業の破綻が相次ぐなか、金色のロゴが象徴的な米国のラグジュアリーブランドが、したたかに息を吹き返している。業界随一のパワーカップルが繰り出す生き残り戦略を、8カ月にわたる密着取材でつまびらかにする。


パンデミックは、成功者にも平等に襲いかかる。一代で築き上げたブランドが危機に直面したとき、トリー・バーチは即座に店舗を閉め、従業員を無給休職させ、ターゲットも切り替えた。それまでの価値観にとらわれずに新しい売り方を創造したことが、競合他社との明暗を分けた。

ニューヨーク州の超高級住宅街ハンプトンズにあるトリー・バーチの自宅。長時間労働と眠れぬ夜が7日間続いた3月のある日、一部の隙もない美しい書斎は、トリーバーチ社の作戦室となった。グリーンのソファに陣取ったのは夫のピエール=イヴ・ルーセル。創業者バーチの名を冠したファッション企業の最高経営責任者(CEO)でもある。その向かいでは、同社の会長であるバーチが、夫妻が所有する7エーカーの敷地を見渡す窓際の机に腰を据えた。夫妻はそれから3週間、この書斎にほとんどこもりきりだった。

「とても不穏な時間を過ごしました。2008年に金融危機が起きたとき、一夜にしてファッション業界のビジネスが一変するさまを目の当たりにしたけれど、今回はその比ではありませんでした。あのときより、ずっとずっと悪かった」

高級ファッションは、好景気の時代であっても移ろいやすいビジネスだが、新型コロナウイルスで被った痛手はとりわけ大きかった。外出禁止命令により世界中の店舗が閉鎖に追い込まれ、欧米の高級品売上高の3割を占める購買力を持つ中国人観光客は旅行かばんをしまい込んでしまった。米国ではJクルー、ニーマン・マーカス、ブルックス・ブラザーズが揃って破産を申し立てた。フランスでは、「グッチ」「サンローラン」などを擁するケリングと、ルーセルの古巣でもあるLVMHの収益が、第2四半期だけで約4割減少した。

バーチとルーセルは事態の深刻さに気づき、すぐさまトリーバーチ社の“生き残り戦略”を立て始めた。

Forbesは、この災禍を切り抜けようとする夫妻の8カ月間の道のりに密着した。ふたりは状況が変わるたびに新たな対応を打ち出し、世界35カ国にある店舗を閉鎖し、供給網を再編し、オンライン事業を刷新した。すべては、昨年150億ドル近い収益を上げ、利益率11%(本誌試算)を実現したふたりの事業を、なんとかしてサバイブさせるために。

「未曾有の事態への対応は本当に難しかった」とバーチは言う。だが、未曾有の事態に飛び込んでこそ得られる教訓もある。

バーチは、ペンシルべニア州にある古い邸宅で、おとぎ話のような幼少期を過ごした。両親は元女優と投資家で、共に身なりにはうるさかった。1988年にペンシルベニア大学を卒業したバーチは、「ハーパーズ バザー」誌の編集や、「ラルフ ローレン」「ヴェラ・ウォン」で広報の仕事に携わる。96年に投資家のクリス・バーチと結婚し、夫妻で投資ポートフォリオを構築した。これは財政面のみならず、ふたりがニューヨークの上流社会に仲間入りするうえで大いに役立った。
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文=デニズ・サム 写真=ジャメル・トッピン 翻訳=木村理恵

この記事は 「Forbes JAPAN No.078 2021年2月号(2020/12/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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