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トヨタにはもともと、「時は命なり」という言葉がある。どういう意味か。章男は次のように説明する。

「この『時は命なり』という言葉は、(5代目社長の豊田)英二さんが、管理者の人たちに投げかけた言葉です。上司の命令が不適切な場合、その部下にとっては、時間のムダ遣い、すなわち命の浪費ということにもなりかねない。いいかえれば、管理者たるものは、自分の命令を通じて部下の時間、すなわち部下の〝人生〟までも左右しているということです」

トヨタに限ったことではないが、従業員は会社に対して、じつに多くの時間を費やしている。その時間をムダ遣いすることは、従業員の命をムダ遣いすることと同じというわけだ。

「1日は24時間。誰にも平等に与えられた時間を、本人やその家族のために有効に使えるようにしなければならない」と、章男は述べる。

トヨタは今日、事務部門などの社員に在宅勤務を適用し、その範囲を広げる検討を進めている。

豊田章男
トヨタはアフターコロナにどう舵を切っていくのだろうか。章男の経営手腕に注目が集まる (Getty Images)

この夏、社員に向けて語ったこと


章男はコロナ禍のこの夏、社内研修の場に、講師としてあらわれた。研修のテーマは、「トヨタ生産方式(TPS)とは何か」である。

集まったのは、生産現場以外の業務に携わる社員たちである。TPSを販売やサービスなど、生産現場以外の職場で働く社員たちとともに学び、「トヨタらしさを取り戻すための闘い」と「未来に向けたトヨタのモデルチェンジ」を一層加速させるのが狙いである。

「TPSの基本中の基本、『自働化』と『ジャスト・イン・タイム』の2つの言葉の意味を、そして、みなさんと我々でギャップを縮めていきたい」と、章男は語った。 

歴史を振り返れば、TPSは、創始者の豊田佐吉が母親の仕事を楽にしようと、明治期に「自動織機」を発明したのが源である。その後、佐吉の息子の豊田喜一郎が、「ジャスト・イン・タイム」による効率化を実践し、試行錯誤の末にTPSが完成した。その根底に流れるのは、働く人たちの作業を楽にし、ムダな作業をさせないことである。

「TPSは、効率化ととらえられがちですが、目的はあくまでも誰かの仕事を楽にしたいということなんです。それに加えて、これからは、もっと仕事を楽しくしなくてはいけないのだなと思っています」と、章男は述べた。

章男は最近、「ほかの誰かのために」という言葉を好んで使う。かつて、喜一郎が日本の経済成長のためクルマづくりに愚直に取り組んだように、トヨタには「自分以外の誰かのために」という価値観が脈々と受け継がれている。章男もまた、「ほかの誰かのために」という価値観をいまのトヨタに根づかせようとしている。

コロナの収束には、まだまだ時間がかかるといわれている。乗りこえるには、利己的な行動を慎み、人を思いやる「利他の心」が大切だとされる。それは、「ほかの誰かのために」という考え方にほかならない。

「ともに『ありがとう』といい合える関係の中で、誰かのために誰かが動くということを、トヨタとして絶対に欠いてはいけないと思っています」と、章男は語っている。

アフターコロナを見据えて、トヨタはどのような未来を描くのか。「ほかの誰かのために」何をしようとしているのか。第2ステージを迎えた章男は、その重い問いを、自らに投げかけているのである。


*特別連載「深層・豊田章男」、最終回は1月9日にお届けします。
 
過去記事はこちら>>(第1回)(第2回)(第3回

文=片山修

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