スピードと目的地を捨て、時速5kmで動くモビリティは新しい価値を生む

心地よい時間が流れる自分だけの世界へ


「乗り物に乗って移動すると違った風景を見ることができます。椅子に座って固定されること、どこかに行くという目的、いつまでに行くかという時間、それらを全部『捨てて』目にする光景は、特別なものになるはずなのです」

この日は、iinoの世界観を堪能できる限定招待の星空を堪能するイベントでもあった。広大な敷地にルートを設定し、iinoに取り付けられた自動運転システムでは、LiDARセンサーが障害物を検知しながら、ゆっくりと進む。車体には高級なソファベッドが備え付けられた。

体験した客はこのように評した。

「ゆっくりした速度の乗り物で移動する体験も初めてですが、寝転がって夜空を見上げながら移動するという体験も初めてで、その掛け合わせに感動しました。最後後ろ向きに移動した時の、景色の刹那感とそれ故の美しさは、これまで生きて来た中で一番息を飲む体験でした」


「心地よいソファと素晴らしい料理。美しい竹林を5km以下でめぐる時間。夜の空は一面の星。こういった世界観はほかにないでしょう」(嶋田)

非日常とは、今ある風景や体験を捨て新しい価値観が訪れることだ。

「無目的に歩く、たまたま曲がった交差点で何かに出会う。普段見えないものが視界に入ってくる。そんな喜びが、ゆっくり動く移動体の上で起こるんです。異空間にいるわけではないのに、違う場所にいる気がする、そんな感覚です」

嶋田はその空間を「アナザープラネット」と表現した。あたかも違う場所にいる気がする時間軸の違う世界。表現の通り、iinoの車上にはもう一つの地球ある。

「5kmというゆっくり歩くような速度は、人間の五感を刺激します。日々、スピードに囲まれた生活の中で、休息やクリエイティビティを感じさせる空間を、これからもあらゆる場所で提供したいと考えています」

無意識に、あらゆることを急いでいるかもしれない現代で、スピードを捨てるだけで、大きな可能性を生むのだろう。

文=坂元耕二 写真=坂元耕二(人物)、ゲキダンイイノ(車両)

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